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■2024年12月21日「源流から巡る神田川散策」12月7日(土)
▼今年最後のウォーキングです。 JR吉祥寺駅に7名が集合。風もなく暖かでウォーキングには最適な一日でした。
駅を出て「神田川起点」がある「井の頭恩賜公園」へ向かいます。 この公園は2003年7月、我がクラブが結成総会を行った懐かしい場所です。
「井の頭池」の最下流側から流れ出る部分に神田川源流の石碑がありました。池の水よりきれいな流れに驚きの声です。
源流を確認し、いよいよ神田川沿いを歩きます。ランナー、自転車に気を付けながら泳いでいる大きな鯉、カルガモ、白鷺などを見ながらのウォーキングです。
途中「塚山公園」で昼食休憩を取り、「下高井戸八幡神社」に立ち寄りました。
さらに進むと、「おおぞら公園」があり、広い公園の下では、地下調整池工事が行われていました。
まだまだ神田川は続きますが神泉橋から明大前駅へ向かいます。
玉川上水が暗渠化になっている地上部分を整備した「玉川上水公園」を歩き、明治大学の学生が暗渠化になる前の玉川上水を渡ったという「明大橋跡」を確認し、ウォーキングの終了です。
その後、今年最後ということもありファミレスに寄り、反省会と来年も楽しく歩きましょうと誓い解散しました。 (運営委員会)
■12月7日(土) ゲートブリッジへ行く 約8km
▼「 ゲートブリッジへ行く 約8km」のウォークが行なわれました。
新木場駅に6名が集合(当初参加を予定していた7名のうち、1名が病欠により不参加)。
朝から晴天が続き、かつ微風で、天気予報で伝えられていたよりは日差しが暖かで、ウォーキングには適したコンディションでした。
▼東京メトロ新木場車両基地を経由して、東京ヘリポートへ到着。
東京都営空港の一つで、正式名称は「東京都東京ヘリポート」で、1972年6月15日の開港。
公共機関のヘリや在京マスコミ各社の報道ヘリ、遊覧飛行やチャーター便、訓練飛行などを行う民間航空会社など、
多種多様なヘリコプターが常に多数駐機しており、ウォーキング当日も、多くのヘリコプターが頻繁に離着陸を繰り返しており、
家族連れやカメラを抱えたマニアと思われる人たちが、その様子を熱心に眺めていました。ここで、少し早めの昼食休憩をとることとしました。
▼昼食休憩後、若洲橋を渡り、若洲ヨット訓練所の中を通過させてもらい、
若洲ゴルフリンクスの横を通って、東京ディズニーリゾートを遠望しつつ、若洲海浜公園の中を歩きました。
公園の歩道にはクジラ、マグロ、イッカク、ダイオウイカなどが描かれており、防波堤にはその説明が表示されていました。
▼続いて、江東区立若洲公園へ到着。
この公園は、ダイナミックな東京ゲートブリッジや行きかう船など海辺ならではの景色はもちろん、
東京ディズニーリゾートや葛西臨海公園などの眺望も楽しめる絶好のビューポイントとなっています。
2名はここで休憩し、残りの4名は東京ゲートブリッジへ向かいました。東京ゲートブリッジは2012年2月12日開通。
恐竜が向かい合っているような特異な形状をしていることから恐竜橋とも呼ばれているとのこと。
歩行者は若洲側昇降施設より橋上の歩道部へ昇ることができますが、中央防波堤側へは降りることができないため、私達も途中で若洲側へ引き返すこととなりました。
それでも橋上からは東京港を一望することができ、東京スカイツリーや海ほたるパーキングエリア、さらに対岸の千葉県側まで遠望することができました。
▼若洲公園でウォーキングを終え、若洲キャンプ場前バス停からバスで帰路につきました。
今回は終始晴天に恵まれ、風も穏やかで、ゆったりとした気分でウォーキングを楽しむことができ、とても良かったです。(運営委員会)
■11月23日(土) オーストラリアへ行こう 足立区のベルモント公園 約9km
▼11月23日(土)「オーストラリアへ行こう 足立区のベルモント公園 約9㎞」のウォークが行なわれました。
東武伊勢崎線・竹ノ塚駅に7名が集合(当初参加を予定していた10名のうち、1名が病欠、2名が都合により不参加)。
朝からずっと晴天でしたが、寒風がかなり強く吹きつけて、朝のうちはかなり冷え込んでいました。
▼最初に萬福寺→常楽寺→西光院を訪れましたが、いずれも真言宗豊山派の寺院であり、
「こんなに密接した場所に、同じ宗派の寺院が集まっているのも不思議だね」と話しながらお参りしました。
続いて、鷲神社を訪れましたが、交差点には「島根鷲神社前」という標識があったため、島根県に由来した神社かなと一瞬思いましたが、
このあたりの地名が足立区島根であるため、このように呼ばれているだけで、島根県とは無関係の神社であることが分かりました。
▼この後、旧日光街道を下って、ベルモント公園に到着。
こちらは足立区と西オーストラリア州ベルモント市との友好親善のシンボルとして1993年7月1日作られた洋風の公園で、
美しい花壇、赤レンガの陳列館(オーストラリアの工芸品・日用品などを展示)、ヒツジのモニュメントのほか、
ユーカリ・ブラシノキ・アカシアなどのオーストラリア原産の植物を観賞できることで知られています。
公園中央の池の周囲に配置されているベンチに腰掛けて、ゆったりとした気分で昼食をとりました。
▼昼食後、西新井駅を経て、西新井大師を訪れました。
西新井大師は五智山遍照院總持寺(ごちさん へんじょういん そうじじ)といい、
こちらも真言宗豊山派の寺院です。由来によると、天長の昔、弘法大師が関東巡錫(じゅんしゃく )の折、
当所に立ち寄り悪疫流行に悩む村人たちを救おうと、自ら十一面観音像と自身の像を彫り、観音像を本尊に、
そして自身の像を枯れ井戸に安置して二十一日間の護摩祈願を行ったところ、清らかな水が湧き、病はたちどころに平癒したと伝えられています。
その井戸がお堂の西側にあったことから「西新井」の地名ができたと伝えられているとのこと。ここでは、晴着姿の七五三の子ども達の可愛い姿も見られました。
▼最後に、西新井大師の参道沿いのカフェでアフターウォークのお茶を楽しんだ後、
大師前駅から東武大師線に乗車して、帰路につきました。時折、強い寒風も吹きつけていましたが、
日差しは暖かで、気持ちの良いウォーキングを楽しむことができ、良かったです。
(運営委員会)
■11月10日(日)多摩市乞田川沿いを歩く
せせらぎを聴きながらカルガモたちに逢う 約3km
小田急多摩センター駅西改札口から、5名が乞田川(こったがわ)沿いの桜並木道にでました。
この河川は多摩市を流れる一級河川で、大栗川と合流し多摩川へと流れ込みます。
多摩センターからの約3㎞の両岸には500本以上の桜並木になっていて、
春には見事な桜花が咲き乱れますが、今は赤や黄色のグラデーションになっていました。
途中では水鳥たちに逢いました。
ハクセキレイの素早く飛翔する姿、アオサギがじっと魚を狙っている姿。
マガモとカルガモは中流域に沢山戯れていました。
途中の「乞田・貝取ふれあい広場公園」では、消防訓練を実施していました。
地元の方々が公園の流水池に向けて放水の練習をしていました。
近くで見ると強烈な勢いで、二人がかりでホースを支えていました。
永山橋からゴールの永山駅へと右折しました。
ここまではひたすら緩やかな下り道でしたが、ここから800ⅿほど登り坂になりました。
多摩市は多摩丘陵を開発してできた住宅街なので登り下りが随所にあります。
ゴール付近では小雨が降りだしましたが、ウォーキング中は曇天がもって幸いでした。
駅隣接のファミリーレストランで昼食を楽しみました。
短いコースでしたが、ひたすら歩くには適したコースでした。(運営委員)
■10月19日(土)小平の歴史と暮らしをたずねて 約7.5km
また暑さがぶり返した10月19日に参加者7人が西武国分寺線・鷹の台駅に集合しました。
急なご都合で2人が不参加となった中、お試しで女性お一人が参加してくれました。
まずは玉川上水の緑道の一部である【木もれ日の径(新堀用水)】の入口で会員の号令による準備体操をします。
地元の方々の憩いの場所になっており、今日のような暑い日でも木陰に囲まれて爽やかな散策ができます。
ところどころに木の根っ子が張っていますが足裏には優しく快適なウォーキングです。 10分で【小平ふれあい下水道館】に着きました。
この施設は非常に貴重な施設で一般人が、実際に運用している巨大下水の本菅を見ることができます。
それなりに臭いのですが見る価値があると思います。
マンホールカードと拭き取りペーパーを頂き【木もれ日の径】を【鈴木遺跡資料館】へ向かいます。
【鈴木遺跡資料館】までは距離があり途中水分補給休憩を何回かとりながらウォーキングします。
【鈴木遺跡資料館】は令和3年に国史跡指定を受けていますが、建物はプレハブの工事現場の事務所のようで見過ごしてしまいそうです。
地層を剥がした関東ローム層の標本がなかなかの迫力で、各年代ごとの石刃も展示されており係員の方の説明も丁寧です。
丁重にお礼を申し上げて【小平ふるさと村】へ向かいますが12時を過ぎていたので近くの公園で食事をする事にしました。
公園では子供達がベンチで遊んでいましたが、私達が行くと「お年寄が来た」と場所を譲ってくれました。
子供達はその後も近くで遊んでおり、ほんわかした気持ちになりました。
ここから【小平ふるさと村】へは普通歩き組とゆっくり歩き組に二手に別れました。
【小平ふるさと村】ですれ違いではありますが二組が合流しました。
こちらでも子供達が遊んでおり会員も童心にかえり輪投げやけん玉を楽しみ、輪投げは最年長のMさんが一番上手でした。
その後普通歩き組は【あじさい公園】横の緑道を小平駅に向かいます。
「紫陽花の頃には見事でしょうね」などと話したり野菜無人販売所を覗いたり楽しいひと時でした。
ゆっくり歩き組は、【小平ふるさと村】に隣接している【多摩湖自転車歩行者道】を逆方向の花小金井駅にむかいます。
この道は起点の西東京市新町から多摩湖の淵まで全長11㎞の直線道路ですが、両脇が桜並木になっています。
この桜並木は、1950年代から1960年代にかけて、地元自治体と住民が協力して沿道に桜を植樹したものです。
60年を経て大木の桜樹木のアーチとなった道に癒されながら駅に向かいました。
小平の街は緑道が歩きやすく、金木星の香りが優しい街でした。(運営委員)
2024年10月6日(日)
東京スポーツ祭典 東京大仏に逢いに行こう
都営三田線 高島平駅→赤塚公園→諏訪神社→たけの子公園→郷土資料館→板橋区立美術館→東京大仏(乗蓮寺)→赤塚植物園→松月院→前谷津川緑道→水車公園→旧粕谷家→熱帯環境植物館→高島平駅
参加者8名、10時出発。
大木のケヤキ並木の歩道を赤塚公園へ向かう。
丁度、板橋区ハーフマラソンが開催されており選手の通過を待っての横断が2か所。また赤塚公園も選手のアップ会場になっており人が多い。予定していた準備体操も各自足のストレッチで軽く済ませ次の諏訪神社へ向かう。
高島平という地名からも、一番低地から台地へ向かうため結構急坂道だ。
鳥居、山門、拝殿、神楽殿、夫婦イチョウの木と地元のお諏訪様という印象を受けたが、五穀豊穣と子孫繁栄を祈る祭りが「田遊び」として国の重要無形民俗文化財に指定され、板橋十景に選ばれて毎年2月13日の夜に行われているとのこと。
隣の竹の子公園は数種類の竹が植えられていて、竹に関する看板があり勉強になったが、
資料館では移築された古民家を中心に板橋の歴史を見学。資料館の目の前、赤塚溜池公園では釣りを楽しむ姿が見られた。ここでも区のオリエンテーリングが開催されていた。
隣接の区立美術館では区民書道展が開催されていたが入館せずりっぱな外観のみに終わる。
大仏通りを戻り、どんな干ばつの年でも水が枯れない湧水で、水量こそ随分と減ったが今でも枯れることなく流れ落ちている不動の滝を見る。
奈良、鎌倉に次ぐ三番目の東京大仏。あまり知られていないらしく見学者は少ない。境内もきれいに整備されており、おすすめの大仏様だ。眺めているとなぜか心安らぐ。
出口からすぐの植物園で昼食休憩。生憎、季節の間か花は無い。ここでも猛暑で活動を休止していた蚊が少し気温が下がり活動を開始したらしく、我々をめがけて襲来して来る。立ち上り蚊を追い払いながらの昼食を早々に済ませ植物園を後にする。
徳丸ケ原で西洋式砲術の調練を行った高島秋帆の顕彰碑がある松月院へ立ち寄る。
河川を暗渠化した前谷津川緑道を進むと、日本の田園風景の水車と水田を再現した水車公園。隣接の茶室のある日本庭園を回る。珍しい槙の並木道の上り坂を歩き、都と区の登録有形文化財の旧粕谷家住宅へ到着。江戸時代から村の名主を務めた粕谷家の当主が隠居所として建てた住宅で2007年に所有者から区に寄贈されて現在に至っているお話を管理者から丁寧にしていただき、帰りには庭のザクロを一枝ずつ頂戴する。
80段ほどの急階段を下り駅反対側にある熱帯環境植物館へ向かう。清掃工場の余熱を利用して作られ、日本と関係の深い東南アジアの熱帯雨林が再現されており、海にみたてた水族館から始まる。小規模ではあるが楽しく見学できた。
これまでの様な強い日差しもなく、心配だった雨も降らず、まずまずのウォーク日和だった。 (運営委員会)
❖行事報告-2024年9月8日 せせらぎと、モミジバフウコースを歩く 約7km
9月8日多摩市の瓜生せせらぎ散歩道と、モミジバフウ(紅葉葉楓)並木通りを歩くウォーキングが行なわれました。
参加者は8人 小田急線永山駅に集合しました。
永山駅から直結の「ベルブ永山」を通り、広大な「永山北公園」にでました。この公園の小径を東方向に歩いて「永山第一公園」のジグザク小径を下り「さくら通り」を経由して、「瓜生せせらぎ散歩道」に入りました。ちょうど瓜生・御嶽(みたけ)神社の祭礼が行なわれており、法被をまとった人が「ちょうどいまお神輿がでたところだよ」と教えてくれました。
緩い登り勾配の「瓜生せせらぎ散歩道」の流水を眺めながら歩いていきました。途中でお神輿の隊列にあい、音頭に合わせながら並行して歩きました。お神輿が散歩道を横切ったときは、休憩をしながら拍手を送りました。
散歩道の終わり、「瓜生緑地の最北端」に接したところで、車が頻繁に行きする鎌倉街道を跨ぐ三角橋(人道橋)を渡り、西方向の「貝取北公園」に入りました。ここも多摩丘陵の自然を生かした大きな公園です。「貝取第4公園」とつながっています。多摩市立青陵中学校沿いの小径を上がり車道の「貝取大通り」を「バルコニー橋」で跨ぎ、「とちのき公園」に入りました。
そのまま樹木を眺めながら歩き「豊ケ丘スクール道路」に突き当たったところで南下し、左側の「豊ケ丘第三公園」右側の「豊ケ丘第八公園」の間を通り抜け、「豊ケ丘南公園」へと向かいました。
ここでトイレ休憩をして、池へとジグザクの小径を下っていきました。一周400mの湖畔を半周して、公園の水飲み場でやや冷たい水でのどを潤しました。「今日は猛暑でドリンクばかり飲んでいるので、真水がおいしいね」という声が出ました。カルガモも暑いのか木陰を歩いていました。
ここから「上之根大通り」通称「もみじばふう(紅葉葉楓)並木道」を北上し、途中で小径に逸れて「豊ケ丘第9公園」に入りました。ここのベンチでまた一休みです。「きたとよ橋」で「上之根大通り」を跨ぎ、青木葉通りにおりて、多摩センター方向に歩きました。
ここから有志の希望でコースには入ってなかった「パルテノン多摩」に向かい80段の階段を上ります。上部は工事中で何も無かったのですが、高い所は気持ちの良いものです。階段を上り下りした身体に内部は涼しく一息ついた後は場所を移し昼食歓談をしました。
もう一つのグループはそのまま、多摩センター駅ひろばを経由して、小田急多摩センター改札に向かいました。
最初から最後まで樹木と公園の首飾りコースで、せせらぎと池もあり、信号もなくすてきな散歩コースでしたが、なにせ蒸し暑かったです。リーダがばてて頻繁に水のみ休憩をしたウォーキングでした。涼しいときに、また歩いてみたいコースでもありました。
運営委員会
遠出の上、バスに乗るため時間厳守で心配していたのですが、やはり中央線、4分遅れましたが、乗り換えの電車を調整してくれていたので遅刻せず、無事集合場所に到着。バスに乗って御岳山のケーブルカーまで向かいました。十分程で到着、結構な傾斜を登ってケーブルカーまで移動します。
大きなワンちゃんもケーブルカーに同行していました。到着すると日本で最大のレンゲショウマの群生地とののぼりが沢山ありました。初めて見ましたが小さな白い花で下を向いて咲いていました。レンゲショウマの群生地を抜けるとちょっと一息。その間に空中ブランコに便乗させて頂きました。強く押されたので、最初は怖かったですが、ムササビ気分で楽しんでしまいました。
その後、巨木の安産杉と夫婦杉を参拝し、杉林を抜けて御岳神社の階段を過ぎて見晴らしの良いベンチで昼食。心配していた通り天候が怪しくなってきたのでロックガーデンに行くか行かないかで迷いましたが、決行。途中までは問題なく、石がなかなか出てきませんでしたが、無事立派な苔の生えた石が沢山あるロックガーデンに到着しました。数分経って、雷がゴロゴロ。
やっぱり?と思いながら、小粒の雨が降ってきたので雨具の準備をしている間に大雨になって来ました。途中東屋が2ヶ所あったので休みながら、とにかく無事帰ることを念頭に進みます。沢山人がいたので心配はしていませんでしたがズボンはびしょ濡れ、靴も泥まみれになりながらヒキガエルにも遭遇し盛り沢山の1日でした!ハプニングが多かったですが、楽しかったです♪ありがとうございました❗️M・Y
& 運営委員会)
■7月13日(土)「田無駅~東久留米駅まで 約6.5㎞」
▼「田無駅~東久留米駅まで」のウォークが行なわれました。
西武新宿線・田無駅に11人が集合。前日は強い雨が降ったため、当日のお天気が懸念されましたが、朝から日が差して、予想外に良い天気となりました。ただ、強い日差しが照りつけて、また前日の雨のせいもあって、かなり蒸し暑いコンディションとなりました。
▼このところ連日猛暑が続いていたことを考慮して、もともと計画していたものよりも短縮したコースに変更して、田無駅(スタート)→田無神社→西東京いこいの森→氷川神社・水辺公園→落合川沿い歩道→竹林公園→西武池袋線・東久留米駅(ゴール)のコースを歩きました。
▼田無神社では、龍神のご神木であるイチョウの巨木のほか、多数の「七夕てるてる短冊」が「七夕てるてるトンネル」に結び付けられているのが印象に残りました。西東京いこいの森を通過して、氷川神社・水辺公園に向かおうとしたのですが、住宅街で道に迷ってしまいました。そこで、近くの住宅の庭先でお子さんたちに水遊びをさせていたお母さんに道を尋ねたところ、懇切丁寧に道を教えて頂くことができ、大変に助かりました。
▼「午後から一時雨」の天気予報が出ていたことを考慮して、時間を節約するため、氷川神社の境内には立ち寄らず、落合川沿い歩道を通って竹林公園へ向かいました。落合川では、多くの子供たちが水遊びを楽しんでいる姿が見られ、夏休みが近いことを実感しました。最後に訪れた竹林公園では、やぶ蚊の攻撃に悩まされましたが、多数の孟宗竹や「東京名湧水57選」に選ばれた透き通った湧水が見られ、夏の暑さをしばし忘れることができました。
▼この後、西武池袋線・東久留米駅でゴールし、解散しました。今回は、事前に予定していた下見が、雨のために実施できませんでしたが、当日飛び入り参加したベテラン会員のSさんが、このあたりの地理に詳しかったため、非常に助かりました。じりじりと強い日差しが照りつけ、かつ大変に蒸し暑いコンディションの下でのウォークとなりましたが、リーダーが適宜給水休憩を設けながら無理なく歩を進めたことにより、全員無事にゴールすることができたので、良かったです。(運営委員会)
■6月30日(日) 我孫子まち歩き・JR我孫子駅東側 (著名人の旧跡めぐりと、手賀沼の施設と緑道散策) 約8km
▼JR我孫子駅改札に14名が集合しました。先ずは同駅近接にある「けやきプラザ」を訪れました。千葉県と我孫子市の複合施設(ビル)です。地下1階、地上12階です。エレベーターで一気に展望テラスのある11階に上がりました。360度我孫子市が展望できました。これから歩く手賀沼も見渡すことが出来ました。
▼「公園坂通り」を手賀沼を目指して南下しました。突き当りが手賀沼公園です。ここには「生涯学習センターアビスタ(公民館)」「手賀沼市民図書館」など市の施設があり「平和の記念碑」「ご江間の渡し」がありました。さらに歩を進め「リーチ岬」のベンチで一休みしました。南西の風が吹いていて汗が吹き飛びました。手賀沼が目前に広がり水面が足元にあり、とても素敵な場所でした
▼次に「手賀沼遊歩道」を歩き、「手賀大橋」を目指して歩きました。途中に「文学の広場」があり、我孫子にゆかりのある人々(嘉納治五郎、柳宗悦、志賀直哉、武者小路実篤など)の紹介碑がありました。斎藤茂吉の歌碑もありました。
▼「手賀大橋」のガードを潜り抜け、「手賀沼親水広場・水の館」に着きました。屋外には水に触れあうことができる「じゃぶじゃぶ池」など、我孫子の魅力が一度に体感できる施設です。「水の館」では一気に4階の手賀沼を一望できる展望室に上がり、手賀沼の広さをより身近に感じることができました。IFには地元農産物直売所「あびこん」があり、みんなそれぞれに買い物をしていました。
▼参加者の数人は、日本で唯一の鳥類専門の博物館である「鳥の博物館」を見学しました。268点の多様な鳥が展示されているとともに、巨鳥エピオルニスの卵(レプリカ)や手賀沼の水鳥ジオラマなど、貴重な資料も展示していました。水鳥ジオラマは実物が手賀沼の葦群の中にいるように展示されており、とても勉強になりました。
▼「手賀沼親水広場」で昼食をとり、「ハケの道」に入り、「旧村川別荘(市指定文化財)」を訪れました。親子二代にわたり西洋古代史学者であった、村川堅固が建築し、堅太郎が守った別荘。大正10
(1921)年に 我孫子宿本陣の離れを移築し母屋としました。朝鮮風とされる新館は昭和3年(1928年)に造られました。陶芸家バーナード・リーチ設計の三角椅子が展示されています。
▼さらに「ハケの道」をあゆみ、志賀直哉邸跡(市指定文化財)を訪れました。大正4年(1915年)から12年までを過ごしました。現在は、多くの作品を執筆した書斎のみ残されているだけなので少々期待外れの感ありの声。我孫子では
「城の崎にて」、「和解」、「小僧の神様」、「暗夜行路」などの小説が生まれました。
▼公園坂通りの交差点にもどり、一路北上して我孫子駅に向かいました。駅目前の「八坂神社」前でゴールとなり、有志が洋食レストランに立ち寄り、軽食と飲みものを前に、会話をしました。価格が比較的安いにもかかわらず量が多く、おいしかったので、みなさん満足された様子でした。
▼天候は曇りで、気温は26度から28度、南西の風4メートルでした。湿り気はありましたが、この風に救われました。今日も無事にウォーキングを終る事が出来ました。(運営委員会)
■6月16日(日)スサノオ神社から白鳥の池へ 約11km
▼東京メトロ日比谷線の南千住駅に7名が集合しました。
先ずは西口にある【松尾芭蕉像】にご挨拶をしてウォーキングのスタートです。
芭蕉が〔奥の細道〕の旅で矢立初めの句【行く春や鳥啼魚の目は涙】は、春の過ぎゆく哀愁と親しい人々との離別の情とを、鳥や魚に託して象徴的にうたったものを詠む姿を表現したものです。
▼延命寺の首切り地蔵に向かいます。
現在の延命寺の敷地内に江戸時代の小塚原刑場があり、名前の通り刑死者などを弔う目的で江戸時代に首切り地蔵が建立されました。
高さが4mもあり「お地蔵様とは思えないね」との声もありました。
▼次の目的地の石浜神社は浅草名所七福神の寿老人をお祀りしています。
石浜神社は隅田川の西岸(石浜と呼ばれた長く伸びる微高地)に在り細長い神社です。
こちらまで歩くとかなり汗をかいてしまい皆さん日陰で水分補給です。
▼都立汐入公園
石浜神社から隅田川の堤防を風に吹かれて都立汐入公園へ向かいます。
きょうのお目当てはハーブガーデンにある【日時計】です。
ハーブが咲き誇り気持ちが穏やかになります。
【日時計】は少し分かりにくく、当たり前の話ですが太陽が出ていないと時間がわかりません。
▼スサノオ神社に向かいます。
素盞雄神社は荒川区内で最も広い氏子区域をもつ神社です。
4月には【桃まつり】がおこなわれ桃の花が咲き、神楽殿には各家庭から寄せられたお雛様がふたたびの晴れ舞台を迎えます。
今は直径2センチ位の桃の実がなっていました。
また、狛犬の大きさには目を見張るものがあります。
▼荒川ふるさと文化館
こちらは立ち寄り先ではなかったのですが、覗き込んでいたところ受付の方が「涼んでいって下さい。」と中に入れてくださりホッと一息付けました。ここから隣の天王公園の藤棚の下のベンチで爽やかな風に吹かれながら昼食です。
▼荒川自然公園の白鳥の池に向かいます。
人数が少ないせいもあり地図を見ながら楽しく進みます。
こちらの公園は東京都の下水処理場の上につくられた公園で北側はテニスコートや野球場がありますが、今回は南側の【白鳥の池】に直行します。
2羽の白鳥が優雅に泳いで私達を迎えてくれました。手を叩くと丸々と太った鯉も群れで集まってきました。
2018年に白鳥が死んでから白鳥がいない状況が続いていましたが、2021年3月に放鳥されたのはコブハクチョウのつがいの2羽。区は放鳥に向け、約30年ぶりに水の入れ替えなどの清掃をしました。担当者は「コロナによる自粛で窮屈な思いをしている方が少しでも癒やされたら」としています。
この公園の側面に沿って坂を下ったところに都電荒川線の荒川2丁目駅がありここで1名が解散です。
途中荒川区立図書館ゆいの森あらかわに立ち寄り一息入れて6名で町屋駅に向かいます。
今日も無事にウォーキングを終る事が出来ました。(運営委員会)
■6月8日(土) 日野の自然と歴史体験・約10km
▼6月8日(土) 日野の自然と歴史体験・約10kmのウォーキングが行なわれました。JR日野駅(改札口)に13名(うち一般参加1名)が集合しました。夏日でしたが風がありウォーキングには適していました。
JR中央線沿いにしばし歩き、四ツ谷前公園で軽い体操のあと、リーダーからの「暑いので適宜水を飲むように」とのアドバイスを耳に入れて出発しました。
▼多摩川土手に出て「多摩川鉄橋」の上り線側を眺めました。こちら側の橋脚部分には1888年から日野で製造された「日野煉瓦」が使用されており、その姿を遠望することができました。心地よい川風に吹かれながら多摩川土手を散策し、途中の階段から一般道におりて歩き、「仲田の森蚕糸公園」に着きました。旧農林省蚕糸試験場日野桑園の敷地あとの公園です。樹木も大きく茂り素敵な公園でした。
▼次に、「日野宿交流館」に着きました。甲州道中や日野宿の歴史と文化を学べる施設です。2階は甲武鉄道、日野煉瓦など明治時代の日野を知ることができる資料が展示されていました。
▼この後、「百段階段」(日野台地の東縁、台地の上と下を結ぶ112段の階段)に到着し、傾斜のきつい階段を息を切らしながら登りました。階段を登り切ると、日野市街はもとより東京都心も遠望できました。脚力の関係で3人は、階段を避けて、迂回することとしました。
▼「新選組のふるさと歴史館」に到着しました。ここでは、土方歳三など新選組の核となった人材を育んだ日野の歴史的・文化的背景などを知ることができました。
▼建物全体が煉瓦タイルとガラスに覆われた「ひの煉瓦ホール(日野市民会館)」を半回りして「日野中央公園」に着きました。ここで昼食です。ここも大木に覆われた広い公園です。子どもたちが自転車を乗り回しながら元気に遊んでいました。
▼次に訪れた「若宮神社」は豊田村の総鎮守です。9月には例大祭が行なわれます。奉納子ども相撲大会が開かれるとのこと。
▼東京の名湧水57選のひとつの「日野市立中央図書館下湧水」に着き、手を流水に浸したりしながら水温を確かめる人も。かなり流れが速い水路だったので「源泉はもっと別のところにあるのでは?」と探している姿もありました。
▼JR豊田駅に到着。ここで都合により3名がウォークを切り上げ、残り10名で「カワセミハウス」、「黒川清流公園」、「多摩平の森 森林公園」を訪れましたが、時間の関係で残念ながら「黒川清流公園」の清流を楽しむことはできませんでした。その後、JR豊田駅北口に戻りゴールしました。
清流と緑地と歴史にあふれた素敵なコースでした。「再度、じっくり歩いてみたいなあ」との感想を持った人もいました。運営委員会
■5月26日(日) 向島百花園から堀切菖蒲園 約11km
▼5月26日(日)「向島百花園から堀切菖蒲園」のウォーキングが行なわれました。曳舟駅(改札口)に8名が集合しました。
▼まず、東武スカイツリーラインに沿って320mほど歩き左折して、国道6号線向島三丁目信号で右折して160mほど歩き、墨田川高校前信号を左折し明治通りに出ました。百花園入口信号で左折し、「向島百花園」に着きました。近道選択だったので少し入り組んでいました。
「向島百花園」では花よりも「江戸時代の石碑」が目立ちました。29基ありました。最も古いものは開園10周年の文化11年(1814)にたてられたもので、3基ありました。知られている作者では芭蕉の「こにやくの さしみも些(すこし) うめの花」でした。「花はそんなには咲いていないなあ」と感想を漏らす人も。「一年を通して百花の花が咲く。これが百花園の特長です」との職員の説明。
▼涼しい風に吹かれながら緑の中をあゆみ、公園内の「墨田川神社」を訪れ、づづいて「梅若塚木母寺(もくぼじ)」に入りました。梅若丸伝説の「墨田川物」を上演する際に、役者が梅若丸の供養と興行の成功ならびに役者自身の芸道の上達を祈念して「木母寺詣」を行ったことから、芸道上達のお寺として広く庶民の信仰を集めるようになりました。
外観はコンクリート製で「すこし期待外れだね」と感想も漏らす参加者たちもおりました。
▼6号線をさらに北上し、東京都足立区柳原と葛飾区堀切の間の荒川(荒川放水路)と葛飾区の綾瀬川に架かる東京都道314号言問大谷田線の「堀切橋」を渡りました。あまりに巨大で歩道があるかどうか迷いましたが「向こうから自転車がくるからあるでしょう」という参加者の判断で荒川放水路に向かってあるいていきました。段差の低い歩きやすい歩道があり、一同ホットしました。
▼「堀切菖蒲園」に向かいましたが、土手下の道をあるくべきところ、荒川土手道を歩いたため、少々遠回りになりましたがようやく着きました。菖蒲の花がきれいに咲いていて疲れをいやしてくれました。堀切菖蒲園の2024年の開花期は6月上旬~下旬ということなので、まだ緑の葉の方が勝り気味か。
ベンチがあったので、ここで昼食をと考えたところ「飲食禁止」のステッカーが貼ってあり断念しました。参加者の一人がMapで近くの堀切児童遊園を探してくれました。ようやく昼食です。
▼暑い中を歩いてきて疲れも出ているので、昼食後運営委員で相談し参加者にはかり、東武博物館」など数か所予定していたところを取り止め、京成電鉄押上線の四ツ木駅(よつぎえき)でゴールすることにしました。約8㎞のウォーキングでした。参加者のみなさん、暑い中ご足労様でした。
■5月18日(土) 意外な町田発見 約11km
JR横浜線・町田駅に一般参加者1人を含め、11人が集合。当日は晴天で、気温は高かったですが、湿度が低かったため、ウォーキングには適したコンディションでした。町田駅北口から北西にしばし歩き「芹ヶ谷(せりがや)公園」に到着。公園内の「町田市立国際版画美術館」に入りました。1987年(昭和62年)、日本国内では数少ない版画専門の美術館として、芹ヶ谷公園内に開館。横尾忠則氏と和田誠氏らの作品も含め40点ほどが常設展示室で展示されていました。
▼高ヶ坂(こがさか)住宅地を経て、「かしの木山自然公園」に着きました。成瀬、高ヶ坂、南大谷にまたがる東京ドーム1.17倍の面積約5.5ヘクタールの緑豊かな自然公園です。この地域は多摩丘陵地と相模原台地が接する地域で坂の多いところです。かつては全域が緑豊かだったこの地域も住宅密集地域となっています。しかしところどころに豊かな森林も残されており、「かしの木山自然公園」もそのひとつです。ここで昼食です。木製のベンチテーブルがあり、緑陰のなかで涼しい風に吹かれながら楽しい昼食を摂りました。
▼しばし、閑静な成瀬住宅地を西方向に歩き、「成瀬尾根緑地」につきました。ここは「2014年第一回町田市景観賞の景観大賞」に選ばれたところです。尾根や山吹緑地の素晴らしい景観と、そこを守るために「成瀬の自然を守る会」が地道な清掃、美化活動を継続的に行ってきたことが評価されました。左右を森林に囲まれた尾根道を南方向に歩きました。
▼「成瀬尾根緑地」を歩き終わり「曹洞宗龍谷山成就院東雲寺」に着きました。小田原北条氏からの因縁があり、寛永8年1631年開山の歴史のある寺院です。
▼さらに南下し、恩田川沿いを歩きながらラストの訪問地、「堂之坂公苑」に着きました。ここは、江戸時代には旗本の穀倉があった場所ですが、静かな雰囲気の中をのんびり散策しながら四季を通じて花が楽しめる庭園風の施設です。散策路を一周し、参加者全員無事に本日のコースを完歩することができました。その後、JR横浜線・成瀬駅で解散しました。上り下りの道が多かったですが、とても素敵なコースでした。「もう一度ゆっくり歩いてみたい」という感想もありました。(運営委員会)
■5月6日(月祝) 国民平和大行進 東京コース 1日目 約20km
11:30 オープニングイベント 12:10 スタート集会
13:00 行進出発 夢の島・第五福竜丸展示館前
2024年5月6日「被爆80年向け非核の世論を」と国民平和大行進「東京コース」に参加しました。核兵器廃絶と被爆者援護を訴えて歩く2024年原水爆禁止国民平和大行進が6日、東京都江東区の夢の島から出発しました。来年の被爆80年に向け核兵器禁止条約参加の日本を求める世論と運動を広げる重要な行進です。夢の島で開かれた東京―広島コースの出発集会には被爆者ら600人が参加し、広島に向かって元気よく歩き始めました。
東京ウォーキングクラブからも3人が参加しました。うち1人は東陽町まであるきました。退出スポーツ関係者では新日本スポーツ連盟、日本勤労者山岳連盟、東京都勤労者山岳連盟の人たちが参加しました。「スポーツは平和とともに」の「のぼり旗」が日光に照らされながら強風にはためいていました。
出発集会で、原水爆禁止世界大会実行委員会運営委員会共同代表の高草木博さんが主催者あいさつし、「今年の平和行進は、核大国に対しても、米国の『核の傘』のもとで戦争準備の大軍拡を進める岸田政権の政治にも、はっきりと『ノー』を突きつける、大変重要な国民的行進です」と強調しました。
連帯あいさつした第五福竜丸平和協会代表理事の奥山修平さんは、ビキニ被災70年にあたり「70年間ずっと反核の思いを継続されてきたみなさま方に心から敬意を表したい」と話しました。日本原水爆被害者団体協議会代表理事の家島昌志さんは、被爆者の平均年齢は85歳を超えており「核兵器がなくならなければ死んでも死にきれない。早く日本が核兵器禁止条約に加わり、核保有国を説得して回る立場に立つよう訴えましょう」と語りました。
原水爆禁止日本協議会の土田弥生事務局次長が、米国の「Peace walk2024」のメッセージを紹介。全国通し行進者として、長崎―広島コースを歩く山口逸郎さんと東京―広島コースを歩く大村美恵さんが紹介されました。
4月27日(土) みどりあふれる武蔵野の自然散策 三鷹~武蔵小金井 11km
◆集合駅:JR中央線・三鷹駅(改札口)→三鷹車両センター前→堀合遊歩道→ぎんなん橋→本村公園・本村第2公園→武蔵野ふるさと歴史館→武蔵野ぽっぽ公園→三鷹保線技術センター前→いちご橋→都立武蔵野公園→美術の森緑地→六地蔵のめぐみ黄金の水→JR中央線・武蔵小金井
JR中央線三鷹駅に一般参加者1名を含め8名が集合しました。事前の天気予報では「曇りのち雨」でした。朝方はところによっては小雨が降っていましたが、出発時には曇り空になり、歩くにつれその雲も高くなり明るくなってきました。夏日にならず、かえってウォーキングには適した天候になりました。
▼最初は「三鷹車両センター」です。ここには中央・総武線(各駅停車)の車両と、東京メトロ東西線に乗り入れる車両が配置されており、隣接する道路から見ることができました。
▼高架をくぐり武蔵野競技場線の跡地を整備した公園「堀合遊歩道(ほりあわいゆうほどう)」を北に向かって歩きました。武蔵野競技場線は1951年〜1959年の8年間運行されました。
▼玉川上水に架かる「ぎんなん橋」に着きました。橋から玉川上水を除くと、真黒な大きな鯉が数匹流れに逆らって元気に泳いでいました。みんな「すごい! 大きい!」と声を上げていました。かつて同じ位置に中島飛行機(現在のSUBARU)武蔵製作所の工場に物資を運ぶ貨物線が通っていました。貨物線の記録を伝えるため、橋には線路が埋め込まれていました。
▼いちょう橋信号を渡り南下して、本村公園・本村第2公園に着きました。「境浄水場専用線(1971年廃線)跡」に造られた公園です。専用線は境浄水場を建設する際の資材運搬用に作られ、浄水場完成後は濾過用の砂利運搬のために使われました。細長い敷地がカーブする様子から、鉄道跡を感じることができまました。
▼中央線の高架に沿った道をしばしあるき、「武蔵野市立武蔵野ふるさと歴史館」で20分ほど見学とトイレです。ここは旧石器・縄文時代の石器・土器から、近世、近現代のさまざまな資料を展示する博物館です。武蔵野の歴史と文化を学ぶことができました。入口には大きな爆弾の模型が展示されており、思わずドキッとしました。ウクライナとガザの現状が頭をよぎった参加者もいたかもしれません。
▼東小金井駅北口より徒歩3分の高架線下で「中央線コーヒーフェスティバル2024 Spring」を開催していてとてもにぎわっていました。コーヒーの香りがただよい、若い人や家族連れが、コーヒーカップを片手にそぞろ歩いていました。
▼東小金井駅下をくぐり左折し南下してしばし歩き、「いちご橋」に着きました。この橋は西武多摩川線をまたぐ歩行者専用の橋「跨線人道橋」です。橋からは武蔵野公園やその向こうの府中市の風景を眺めるこができました。
▼「都立武蔵野公園」につきました。野川に沿って残る草原や雑木林を配した、武蔵野の原風景を感じられる公園です。隣接する野川公園のほか、周囲の公園と一体となり武蔵野の森を形作っています。園路沿いには「サトザクラ」の大木が見事なトンネルを作っていました。下見のときは満開だったとのこと。「観たかったなあ!」という声も。ベンチがかなりあり、昼食をおいしく食べられました。
▼国分寺崖線下の道をしばし歩き「美術の森緑地」につきました。近代洋画壇の重鎮として活躍した中村研一氏の邸宅跡を整備した縁地です。国分寺崖線からの湧き水を活かした庭園が見事でした。鬱蒼とした森に囲まれたおもむきのある喫茶店もあり、「コーヒーを飲みたい!」という声を発している人もいました。
▼しばし坂道をのぼり「六地蔵のめぐみ黄金(こがね)の水」に着きました。黄金に値する湧水が多いことから地名が付いた小金井市。2004年に小金井市中央商店街協同組合が地域活性化の一環として井戸を設けました。一定量の「水を利用するには、氏名の登録と蛇口用水栓鍵の購入必要」とあり、「井戸水のため沸してのご使用をおすすめ」と表記してありましたが、「ワンプッシュ式」水栓は付いていて「試飲用」と書いてあり、少しの水なら飲めました。口に含んでいる参加者もいました
▼ゴールの「JR武蔵小金井駅」に到着しました。武蔵野の自然の世界から一挙に近代都市に出くわした感じです。
▼テーマとしては「鉄道とその歴史、武蔵野市の歴史と文化・豊かな自然」のウォーキングでした。「もう一度来てみたい」そんな思いが浮かんだウォーキングでもありました。みなさんも豊かな一日を過ごされたことでしょう。(運営委員会)
■4月14日(日) 多摩市の新緑を愛でながらゆっくりあるこう 7㎞
▼小田急永山駅改札口に5人が集合し、「グルナード永山」を潜り抜け、永山北公園で軽いからだほぐしをおこないました。続いて永山南公園をひとまわりして、諏訪永山ふれあいの道を歩きながら、諏訪第7公園、諏訪第6公園と公園をハシゴして、多摩市立陸上競技場へとゆっくりと歩きました。
▼途中、ふれあい橋、中諏訪橋、電車見橋の人道橋を渡りました。多摩ニュータウンの設計の基本構想「人道と車道との直接交差をなるだけさけ交事故を防ぐ」というねらいから「跨道人道橋(こどうじんどうきょう)、跨線人道橋(こせんじんどうきょう)」が沢山つくられました。跨道人道橋からは、緑豊かな並木道の車道を走る車を眺め、跨線人道橋の電車見橋からは、並行して走る小田急線と京王線を望めました。
▼多摩東公園内にある収容人数約4000人の観客席を備えた多摩市立陸上競技場につきました。外側に造られたジョギングコース約600mを歩き、バックスタンド側からは、2020年の改修によりブルートラックになった青色が映えるタータントラックと、天然芝の緑が美しいフィールドを眺めました。サッカーの練習が行なわれていました。
▼剣橋を渡り馬引沢南公園を横目に見て、都立桜が丘公園に入りました。桜と樹木が多い公園です。東京都多摩市連光寺、多摩の丘陵を活かした多摩丘陵自然公園内にある公園です。丘と谷があるため、高低差は数十mもある起伏に富んだ公園。雑木林を主体にした自然林が残され、散策にも絶好です。
桜の大木の下で50分かけて昼食をゆっくり摂りました。ときおり強い風で桜吹雪が舞い、参加者はすごい!と声をあげたり写真を撮ったりしました。
▼昼食後、多摩桜ヶ丘学園信号を左折し、ひじり坂を下り乞田川へと向かいました。熊野橋を左折して乞田川両岸の桜並木を歩きました。乞田川流域3㎞全体で500本の桜がありますが、ここ数日の気温上昇で、三日前の下見の時は満開だった桜には、葉桜が少々混ざっていました。
▼ 乞田川沿いを約1km歩いて永山橋を左折し、ゴールの永山駅に向かいました。
▼ウォーキング後、イタリアン・ファミリーレストランで、アルコール類やジュースを飲みながら歓談しました。今回は、参加者は少なかったですが、ウォーキング中の会話も弾み、楽しい時間を過ごすことができました。(運営委員会)
■3月30日(土)桜の善福寺緑地公園から双龍鳥居の馬橋神社 約11km5月
桜の善福寺緑地公園から双龍鳥居の馬橋神社約11kmが行なわれました。
JR荻窪駅東改札口に9人が集まりました。前日の春の嵐とは打って変わって.ウォーキングには持ってこいの日よりでした。
たった500m歩いただけで「太田黒公園」につきました。「荻窪駅から歩くとこんなに近かったのですね」と感想を漏らしている会員が二人ほどいました。
普段は荻窪駅とは逆の南側から来ることが多いそうです。この公園は回遊式日本庭園で音楽評論家の大田黒元雄氏の屋敷跡地につくられた公園です。
門を入ると白い御影石を敷いた園路が70mもまっすぐにのびていて、左右は樹齢100年を経た大イチョウの並木です。特に秋は見事です。
さらに800m歩き「角川庭園」に入りました。
角川庭園は、俳人で角川書店の創設者である故角川源義(げんよし)氏の旧邸宅を、平成17年に杉並区がご遺族からの寄贈を受け、整備した庭園です。
管理者の方が熱のこもった丁寧な解説をしてくれました。角川家は俳句一家で、いまでも句会に利用されているとのこと。
「建物は和洋折衷方式で、この部屋は東側と南側の柱が一本も無い状態で開き、庭園が一望できる」と、ガラス戸を戸袋に納めたり引き出したりしながら自慢げに話してくれました。そして普段は使っていたりしてなかなか入れない茶室にも案内してくれました。
茶室では「この熱源は炭ですか?電気ですか?」とこんな玄人はだしの質問を混ぜながら、参加者たちは熱心に説明に聞きほれていました。
さらに1kmほど静かで優雅な住宅街をあるき、善福寺川緑地に着きました。
残念ながら「ソメイヨシノ」の開花はまだでしたが、日本原産の交雑種のサクラ「陽光桜」が一本、見事に開花しており、めいめい愛でながらスナップを撮っていました。つづいて善福寺川沿いをそぞろ歩きました。
途中、桜の大木のもとで車座になっていた「みみずく」を抱っこしたグループに出会い、5羽ほどのかわいい「みみずく」をしげしげと眺めたり、種類はなんですかと質問したりして、しばし、あゆみをとめました。
.川のほとりで昼食です。
桜開花に恵まれ無い善福寺川緑地公園を12時に出発し、住宅街の道を20分程歩いて、猿田彦神社に到着。小ぢんまりしてますが、古来より物事の始めに災害を払い万事最も良い方向へ導いて下さるそうです。
境内の枝垂れ桜のピンクともみじの若芽のグリーンの対比が美しかったです。御朱印は手書きで、依頼した会員が感激していました。御神水で手を浄め、日頃の罪(?)を洗い流して次の目的地へ。15分程歩き、馬橋稲荷神社に到着。
今年の干支の龍が石造りの鳥居に彫られ、向かって左に昇り龍、右に降り龍、辰年に御参りするべき神社と謂れ、運気上昇を願い昇り龍を撫でるそうです。
社殿には、狛犬ならぬお狐様二体。その周りにちっちゃい願かけ狐がぐるりと取り囲んで大変可愛いです。
神社をあとにして、桃園緑道を高円寺方向に向かいます。緑道は車の心配をせずに歩けるので少し広がりながらおしゃべりをたのしみながら1km程歩きました。目的地は高円寺の地名の由来でもあるお寺です。
宿鳳山高円寺は、将軍徳川家光公が鷹狩りの際、一般の雨宿り客としてもてなされたことを気に入り、鷹狩りの度に立寄る様になり有名になる。その後家光公がこの地域の名を小沢村から高円寺村と改称し、現在の地名の「高円寺」に至っています。
門は三つ葉葵が彫られ、一般人は通行出来ません。
本堂は重厚で彫物も鳳凰や象・虎・天女が彫られ、屋根瓦に三つ葉葵が幾つも有り、鬼瓦も立派でした。
本殿隣の稲荷社には、双龍の鳥居が有り、前述の馬橋稲荷神社、品川区の品川神社とこの鳥居を「東京三鳥居」と言うそうです。ここで水分補給をしてから、最後の目的地、氷川神社・気象神社へ向かいます。
5分位で、氷川神社に着きました。
気象神社は氷川神社境内に有ります。氷川神社の御祭神は素戔鳴尊(すさのうのみこと)で、姉は天照大御神です。
手水舎が花で一杯に埋められ、綺麗でした。手を浄め参拝し、その後お隣の気象神社へ。かわいい鳥居をくぐり抜けて、小さいお社は参拝者の列。下駄の絵馬には、晴れ女・晴れ男に成りたいとの願いが多いようです。やはり、人生は晴れ続きがいいですよね。
最終目的地を後にして、高円寺駅に3分で到着。拙い案内に皆さんの協力で無事に予定コースを完歩出来ました。9名と少人数で、前半に1名のリタイアが有りましたが、お天気に恵まれて気持ち良いウォーキングでした。
参加の皆さんありがとうございました。(運営委員A&会員O)
★下記↓の行事は延期しました。
■4月6日(土) 桃祭りの素戔雄(すさのお)神社 約10km
■「板橋のこども動物園・巣鴨地蔵商店街 約8km」
都営三田線・板橋区役所前駅(出口A2)に11人が集合しました。コースは、板橋こども動物園→板橋区立植村記念加賀スポーツセンター→旧中山道→近藤勇像→すがも鴨台(おうだい)観音像(さざえ堂)→巣鴨地蔵通商店街→すがも桜並木通り→JR大塚駅です。
まず、東板橋公園にある「板橋こども動物園」を訪れました。ここは1975年に設立し40年以上の長きに渡り区民に親しまれてきましたが、施設の老朽化に伴う改修工事のため2018(平成30)年7月2日から長期休園していました。
2020(令和2)年12月8日、これまで培われてきた『賑わい』と『憩い』を継承しつつ、草屋根や壁面緑化による環境負荷軽減への取り組みや、キッズルームやおむつ交換スペースなどの施設機能を充実させ、装い新たにオープンしました。
「ポニー引馬」「モルモットだっこ」「ヤギ・ヒツジの放し飼い」「ヤギ・ヒツジのエサやり」「ヤギの草屋根のぼり」など動物と直接触れ合える動物園でした。
「ヤギ・ヒツジの放し飼い」の広場では、初春の日差しが暖かく当たる場所を選んで、ヤギとヒツジたちが眠そうな眼をして暖を取っていました。多くの親子づれがそのヤギとヒツジに触れて喜んでいました。
参加者が触ってみると5㎝位手指が潜り、あまりにフカフカしているのに驚いていました。
つづいて、板橋区の複合施設「板橋区立植村記念加賀スポーツセンター(旧東板橋体育館)」を見学しました。私たちのクラブでも、2016年7月9日に「植村直己の足跡を訪ねて」と題して訪問したことのある「植村冒険館」は1992年に板橋区蓮根(はすね)に設立されました。
蓮根の施設は手狭で常設の展示室がなかったことから、2021年(令和3年)8月29日限りで閉館され、現在の場所に移転したとのことです。展示場も3階建てになり、内容も最新の展示技術を取り入れるなど充実していました。
その当時参加した人からは「その変わりように驚いた。また耳慣れた東板橋体育館がこの施設にリニューアルされたことも知らなかったので、最初は記憶が追い付かず浦島太郎状態だった」と感想を漏らしていました。
つづいて旧中山道をしばし歩き東京都北区(板橋駅前)にある「近藤勇墓所・新選組隊士慰霊碑」を訪れました。永倉新八が明治9年に建立したものです。
大正大学巣鴨キャンパス敷地に2013年5月18日に落慶した「すがも鴨台観音堂」に寄りました。建物は八角・三匝(さんそう)の階堂で、堂内の回廊は往路と復路が交わることのない二重螺旋構造になっていました。その姿が巻き貝のさざえに似ていることから「鴨台さざえ堂」愛称で呼ばれています。大正大学の建学の理念である「智慧と慈悲の実践」に重ねて具象化したものだそうです。
昼食は「豊島区立西巣鴨二丁目公園」で摂りました。座るベンチが十分にあり、30分間、ゆっくりと食事を楽しめました。ここでも父母と訪れた幼子たちが走り回っていました。
東京さくらトラム(都電荒川線)の庚申塚駅と英和通りを横切り、巣鴨地蔵通商店街に入りました。
ここからは集合場所と時間を決め自由行動です。
想像していたより若い人のグループが多かったです。参加者の数人が名物塩大福を買うために列に並び、高岩寺をお参りしたグループも全員決められた時間に集合しました。
足の痛い人、用事のある人が三田線巣鴨駅で帰りました。
その後【染井吉野の碑】を横目に「すがも桜並木通り」を歩き「JR大塚駅」で解散しました。
残念ながら桜はまだ蕾でした。
■3月3日(日)梅満開の高尾梅郷 約8km
jR高尾駅に12名が集合です。
ここから小仏まで約30分程バスに揺られます。
下見の時は朝早かったので登山客でいっぱいだったバスも今日はメンバー全員座ることが出来ました。幸先の良いスタートです。
今回のコースは中央自動車道と中央本線に挟まれ南浅川に沿って旧甲州街道を進みます。
小仏バス停折り返し場から旧甲州街道を一列になって下っていくと木下沢(こげさわ)梅林に到着です。
こちらは毎年開花時期に合わせて解放されます。今年は3月2日から17日です。
甘い香りに反応する人、全然匂わないなと首をひねる人。さまざまです。
白梅の中に一本だけある紅梅に目を奪われたり、枝垂れ梅の優しい様など小仏梅林・木下沢梅林・摺差(するさし)梅林・高尾梅の郷まちの広場(昼食)・天神梅林・関所梅林と梅の花でいっぱいでした。
コース全体は4.5キロメートルで約10,000本の梅が咲き誇ります。
咲き終わった樹・満開の樹・蕾でいっぱいの樹で梅を満喫したウォーキングでした。
この高尾梅郷はメンバーでもご存知の方が少なく穴場なのかもしれません。
ただ惜しむらくは道が細く危険な事と、トイレは有るのですが非常に混雑している事でした。
今日もメンバー全員無事に完歩できて感謝いたします。(運営委員)
田園都市線・三軒茶屋駅に11名が集合しました。
初めての参加者お一人を予定してましたが残念ながら当日体調不良により欠席されました。
今回の三軒茶屋駅周辺は準備体操を出来る場所がなくそのまま『キャロットタワー』の26階にある『スカイキャロット展望ロビー』に向かいます。
高さは地上120mほどで以前のウォーキングでお邪魔した文京区のシビックセンターと同じくらいです。
そこからはすぐ近くにある江戸五色不動の一つの目青不動を安置してある『竹園山最勝寺教学院』へ。
不動堂を覗き込んだ後は住宅地の細い道を一列になって歩きます。
次の目的地は以前訪問した時より大きく綺麗になった気がする『松陰神社』です。
吉田松陰先生をお祀りしてあり山口県萩の松陰神社境内の『松下村塾』を模した建物もあります。
ここからは又住宅地の細い道を進み『世田谷城址』『豪徳寺』へ向かいます。
豪徳寺はインバウンドの人々が奉納された約10,000匹いる白猫の前でポーズを取っています。
三重塔に猫の彫刻があるとの会員の情報により猫を見つけるのに夢中になり写真も沢山取りました。
これは「現代の左甚五郎」と言われる渡邊勢山氏による猫たちです。
『世田谷八幡宮』の土俵横の観覧席で昼食を取り『世田谷代官屋敷』では併設された郷土資料館を見学します。
『JRA馬事公苑』へは世田谷通りを30分近く黙々と歩きます。。
こちらは2017年1月より休苑してましたが、昨年11月にリニューアルオープンしました。
2月はイベントの開催がなく、又広い公苑の中を散策することも馬を見る事も出来ず物足りなさを感じました。
最終目的地は用賀駅でしたが帰り道が電車・バス・他のコースへ足を延ばすグループ等、行先がバラバラになったので馬事公苑のこちらで解散しました。
その後私達は6名で『向井潤吉アトリエ館』へ向かいました。こちらも住宅地にあり素敵なログハウス風のギャラリーとそのお庭ですっかり落ち着いた気分になり、今迄の向井潤吉の作品とは違うイメージの作品に感嘆したり満足しました。
最後になりましたが、今回は世田谷区特有の複雑な分かりにくい道を迷う事無くスイスイと先導してくれたリーダーに感謝します。ありがとうございました。(運営委員)
■2月10日(土)葛西臨海公園の水仙と河津桜 約6km
集合場所の東西線・西葛西駅に会員11名が集合。もう1名は都合により、葛西臨海公園内で合流(合計12名参加)。晴天で、この時期にしては比較的気温も高く、絶好のコンディションの下、午前10時前に出発。
西葛西駅近くの公園で準備体操、リーダーのコース説明を受けた後、今回のメインである都立葛西臨海公園を目指して、江戸川区立球場、清新町緑道・かもめ橋を進み、都立葛西臨海公園に到着。この公園は大空のもと紺ぺきの海が広がる東京湾に、緑と水と人のふれあいをテーマに五つのゾーンを配して誕生した公園で、昭和60年1月から葛西沖開発土地区画整理事業の一環として着手され、平成元年度にその一部約38ヘクタールがオープン。平成6年4月には鳥類園ゾーン、平成7年7月には展望レストハウス「クリスタルビュー」、平成13年春には大観覧車がオープンしました。
最初に、希望者のみ日本最大級(全高117m、直径111m)と言われる大観覧車に乗りました。料金は結構な金額でしたが、ゴンドラからは東京湾、東京スカイツリー、東京タワー、東京ディズニーランドなどを望むことができ、満足度はかなり高かったです。
葛西渚橋を渡り、柔らかな陽ざしに恵まれた中、西なぎさで少し早めの昼食をとった後、展望レストハウス「クリスタルビュー」へ。眺めは良かったですが、総ガラス張りの温室のような構造で、内部はかなり暑く、参加者からは「夏場はこの中には入れないね」といった声が聞かれました。
その後、ガラスドームが目印の葛西臨海水族園を見学。ドーナツ型の大水槽を群泳するクロマグロや600種を超える世界中の海の生き物を見ることができましたが、多くの家族連れやカップル、遠足の保育園児の団体などでかなり混雑していて、なかなか水槽に近づくのが難しい状態でした。ここではリーダーから約1時間の自由時間を与えてもらったのですが、スマホで魚たちの写真や動画を夢中で撮影しているうちに、あっという間に時間が過ぎてしまいました。
最後に鳥類園ゾーンを訪れましたが、参加者は野鳥の観察よりも、鳥類園ゾーンを過ぎて、葛西臨海公園駅へ向かう途中の白梅、紅梅、ロウバイ(蝋梅)の美しさに関心が集中していて、花の話題で大いに盛り上がっていました。
JR葛西臨海公園駅の前で解散しましたが、今回のウォークでは、大観覧車、水族園などを童心に帰って楽しむことができ、大変に良い思い出となりました。(運営委員)
■2024年1月7日(日) 日本橋七福神巡り 約6km
初めて例会に参加するKさんも含め15名の参加で「日本橋七福神巡り」が行なわれました。最高気温は13℃前後で、北風がやや強いため寒くかんじられる冬晴れの日でしたが、七福神めぐりには最適でした。
北陸地震で亡くなられた方々の冥福を祈り、被災された方々へのお見舞いの心で、JR東京駅・日本橋口→小網神社→茶之木神社→水天宮→松嶋神社→末廣神社→笠間稲荷神社→椙森神社の順にまわりました。
七福神への信仰は、室町時代より500年にわたって日本人に受け継がれ、年々盛んに。日本橋七福神めぐりはすべてが神社で構成され巡拝距離も短く、日本で一番巡拝が短時間に参拝できるのが特長です。この地区にある日本橋通りや人形町通りは、江戸下町の伝統を持つ繁華街。懐かしい下町情緒の地名に触れながら参拝しました。
最初は福禄寿の「小網神社」。日本屈指のパワースポットとしても有名であるため、参拝客が多かったです。SNS情報では「待ち時間は1時間以上は当たり前!」とのことですが、この日も長蛇の列でしたので、行列の先頭で列から外れた位置でお参りしました。
つぎに布袋尊の「茶の木神社」。元この土地は、徳川時代、下総佐倉の城主大老堀田家の中屋敷で、丸く刈り込まれた茶の木がぐるりと植え込まれ、芝の茶の木の緑が実に見事であったと伝えられています。永年火災が起こらなかったため、「火伏せの神」として崇められるようになりました。このためか地元の建築会社の社員数十名、神主のお祓いを受けていました。
人形町通りを横切り「宝生弁財天水天宮境内」の弁財天に詣でました。「宝生」という名称は、久留米藩第9代藩主有馬頼徳公が、加賀藩第11代藩主前田斉広公と「宝生流能楽」の技を競われた際、弁財天に願をかけ、見事に勝利を収め、それ
以来、宝生弁財天と敬われています。芸事をはじめ学業・金運のご利益が名高いと信仰されています。
4番目に参拝したのは大黒神の「松島神社」。鎌倉時代の元亨(1321) 以前と推定されています。鎌倉時代、柴田家が下総から小島だったこの地に移り住み邸内に諸神を勧請しました。島内は松樹が鬱蒼としており「松島稲荷大明神」と唱えられました。大国主神をはじめ、14柱と他社に比べて多いとのこと。
大門通を北東に歩み、毘沙門天の「末廣神社」を参拝しました。慶長元年(1596)以前に稲荷祠として鎮座。延宝3年の社殿修復の際に中啓(末廣扇)※ が見つかったことから末廣神社と名付けられました。
日本橋人形町エリアから抜けて日本橋浜町エリアにある寿老神の「笠間稲荷神社」に参拝。日本三大稲荷のひとつ茨城県・笠間稲荷神社は笠間藩主牧野家に より代々厚い信仰が寄せられてきました。江戸時代末期安政6年 (1859年)藩主牧野真直公が笠間から御分霊を江戸下屋敷(当地) に奉斎したのが始まり。日本橋魚河岸の 守り神として、五穀・水産・殖産興業の守護神として商人庶民問わず広く信仰を集めました。福徳長寿の守護神となっています。
おしまいの七福神は少し離れた日本橋堀留町にある恵比寿神の「椙森神社(すぎのもりじんじゃ)です。藤原秀郷が平将門の乱鎮定のため戦勝祈願し、戦後白銀の狐像を奉納したとされる。文正元年(1466年)には太田道灌が雨乞いに霊験があったとして山城国稲荷山五社大神を勧請して祀りました。江戸時代には江戸三森(椙森、柳森、烏森)の一つに数えられ、庶民だけでなく松平信綱や松平頼隆といった諸大名からも崇敬を集めるようになりました。
解散後、十数人が馬喰町の外食店で歓談しました。(運営委員会)
※中啓(末廣扇)とは
中啓と扇子の違いは、閉じたときの形状にあります。 中啓(図A)は閉じても先端が開いた状態 です。扇子(図B)は、閉じると先端から手に持つ部分までを閉じられます。
これが扇子と中啓の大きな違いと言えるでしょう。 この他、 中啓はあおぐものではなく、威儀を整えることを目的に持たれる という点にも違いがあると言えます。
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