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1月◆12月20日(土)
荻窪の歴史をたずねて 約5 km
▼「荻窪の歴史を訪ねて」と題した約5 kmのウォーキングを、参加者8名で行いました。集合場所はJR中央線・荻窪駅東改札口。荻窪の街に残る歴史と文化をたどる、静かで味わい深いコースとなりました。
荻窪駅を出て青梅街道へと歩き始めた頃、空からそっと微雨が落ちてきました。傘を開き雨に包まれた少し冷たい出発となりました。
▼ 最初に青梅街道に架かる天沼陸橋を渡りました。橋上からはJR中央線と総武線の4本の線路が確認できました。
▼ 続いて訪れた荻窪体育館の敷地の一角にある「オーロラの碑」は、「公民館とその自主活動から始まった原水爆禁止運動の記念碑。太平洋での米国の水爆実験により第五福竜丸が“死の灰”を浴びたことを契機に、公民館で学ぶ主婦たちが原水爆禁止運動を始め、全国へ署名運動が広がった」という解説がありました。
▼ そのすぐ近くの「読書の森公園」エリアには、インド独立の父・マハトマ・ガンジーの像が立っています。この像はガンジー修養所再建トラストから杉並区に寄贈されたもの。等身大の立像の横には、ガンジーの座右の銘「七つの大罪」が刻まれた銘文が置かれていました。
▼その後、西郊ロッヂングの横を通過しました。ここは昭和初期の洋風下宿建築で、本館は現在も「割烹旅館 西郊」として営業、新館は改修され賃貸住宅として利用されています。どちらも国の登録有形文化財に指定されており、荻窪のモダン文化を今に伝えています。
▼ 正門から続く園路の左右に樹齢100年を超える大イチョウが27本並ぶ、太田黒公園に入りました。音楽評論家・太田黒元雄氏の屋敷跡を回遊式庭園として整備した公園で、池泉回遊式の美しい景観が広がっていました。園内の流水はポンプでくみ上げて循環させているとのこと。池は比較的大きく、流れも長いため、一般的には10〜30トン/時間程度の循環ポンプが使われる規模と考えられます。紅葉も散った初冬の静けさの中、しばし散策を楽しみました。
▼ 荻外荘公園(てきがいそうこうえん)を訪れました。第二次世界大戦開戦前から開戦直後にかけて、三度にわたり内閣総理大臣を務めた近衞文麿の旧邸「荻外荘」を中心に整備された公園で、2016年に国の史跡に指定されています。昭和史の舞台となった空間に思いを馳せました。
▼ 荻窪にある中道寺に参拝しました。鐘楼と山門を兼ねた鐘楼門は区の重要文化財。古さと趣のある山門でした。境内で手を合わせ、穏やかな時間を過ごしました。
▼最後に訪れた与謝野公園は、与謝野晶子・鉄幹夫妻が暮らした邸宅跡に整備された公園です。文学碑や記念館の佇まいに触れ、文人の息づかいを感じるひとときとなりました。園内には切り株風の歌碑が14基あり、歌人の松平盟子さんらにより選定された、人生・恋・家族をテーマとした夫妻の名歌が1首ずつ刻まれていました。
▼ 全員無事にゴールの荻窪駅南口に到着し、解散しました。後半には雨もやみ、歴史と文化が凝縮された荻窪の街を歩き、皆さんからも「知らない発見が多かった」と好評のウォーキングとなりました。(運営委員会)
12月6日(土)
京1964オリンピックを歩く 約7 km
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2025年12月6日(土)「東京1964オリンピックを歩く 約7㎞」のウォーキングが行なわれました。東急東横線・学芸大学駅に8名(うち1名はお試し参加の方)が集合。気温は低かったですが、青空の下、日差しにも恵まれて、まずまずのコンディションとなりました。
▼学芸大学駅西口を出発し、東急東横線の線路沿いに歩いて碑文谷公園に到着。この公園の真ん中にある弁天池は、その昔、荏原郡碑文谷村共有の水田灌漑用ため池で、村人の「命の水」となっていたとのこと。一角にはポニーやウサギなど動物に触れられる「こども動物広場」があり、動物たちと遊んでいる家族連れの姿が見られました。
▼この後、環七通りを横断して、呑川柿の木坂支流緑道を歩きました。かつて、呑川支流は世田谷区の住宅街を縫って流れ、東が丘一丁目35番先で目黒区に入り、柿の木坂三丁目からニ丁目・一丁目を経て目黒通りの下をくぐり、中根一丁目3番先で呑川本流に注いでいたとのこと。昭和47年より、合流点から順次上・下流に向かって暗きょ化され、昭和55年には全長2キロメートル余りの緑道に変身したとのことです。狭いながらも気持ちの良い緑道でしたが、途中の区間が工事中のため、緑道内を歩けなくなっていたのは残念でした。ちなみに、目黒区の地名「柿の木坂」の由来には諸説ありますが、緑道の案内板の説明によると、坂の近くに大きな柿の木があったという説や、柿を運ぶ荷車から子どもたちが柿を抜き取った「柿抜き坂」が転じたという説が有力とのこと。
▼東根公園でトイレ休憩の後、駒沢オリンピック公園に到着。この公園は、1964年の東京オリンピックの第2会場で、レスリングやバレーボールなどの競技が行われたところです。大会終了後に公園として一般に公開され、緑と数々の体育施設が調和した運動公園として親しまれています。1964年の東京オリンピックで使用された聖火台は当時の姿のまま残されており、公園の憩いの場のシンボルとなっており、聖火台がある池の隣には高さ50mの「オリンピック記念塔」がそびえ、塔と聖火台がセットで公園の象徴的な風景を形づくっているのが印象的でした。この公園では、宇宙ケヤキ(駒沢オリンピック公園発のケヤキの種子が宇宙を旅して帰還し、東京の地で育った特別な木)の姿を見ることもできました。
▼聖火台がある池の前の広場で昼食休憩した後、東京オリンピックメモリアルギャラリー(1964年東京オリンピックを中心に貴重な資料や展示を公開している施設)を見学した後、ゴールの東急田園都市線・駒沢大学駅に到着し、解散しました。ウォーキングの途中、雲が広がって寒い時間帯もありましたが、全体としてはまずまずのお天気で、1964年東京オリンピックの思い出がよみがえり、感慨深いウォークとなりました。
(運営委員会)
2025年11月29日㈯
水がもたらす江戸の暮らしと自然の恵~水道橋から高田馬場へ 約8km
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「11月29日(日)水がもたらす江戸のくらしと自然の恵みが行われました。
水道橋駅西口に7人集合。
駅から後楽園に続く歩道橋の下をくぐり神田川沿いへ。9月のクルージングで見た場所を確認しながら歩きました。
「神田上水懸樋跡の石碑」があり、江戸時代、この辺りで懸樋(かけひ)をかけ神田上水の水を神田・日本橋方面に給水をしていたということから「水道橋」の地名の由来にもなった場所です。
しばらく神田川沿いを歩き「東京都水道歴史館」へ。神田上水や玉川上水などの江戸時代の上水道から、近代水道、現代の水道について学べる場所です。又隣接する文京区立本郷給水所公苑に立寄りました。給水所の上部に人工地盤を築き造られた公園で、日当たりも良く、沢山の保育園児が遊んでいました。
壱岐坂を下り、東京ドームの横を通り「小石川後楽園」へ。水戸徳川家の江戸屋敷内に造られた日本庭園。築山泉水回遊式の広い庭園は紅葉も丁度見ごろで大勢の人で賑わっていました。
その後、中之橋近くに所在する「印刷博物館」でトイレ休憩のみをさせていただき、首都高速の下を流れる神田川に掛かる橋の由来など見ながら江戸川橋まで歩き、江戸川公園でお昼休憩を取りました。
神田川沿いをしばらく行くと立派な大イチョウの木が目に留まりました。神田上水の関口水門の守護神として創建された古い神社で小さい神殿がありました。いつの間にか散歩の人たちが近くに集まって、大イチョウの木を眺めたり、スマホで撮影したりしていました。
その隣が細川家の下屋敷跡を整備した「肥後細川庭園」です。目白台の自然景観を活かした池泉回遊式庭園でここも紅葉が見ごろで、雪吊りされた松の木や手入れされた庭園に感心しながら、神田川沿いに戻りここでも桜の木々の紅葉を見ながら高田馬場駅へ向かい無事ゴールし、解散となりました。
前回のウォーキングに続き、気候もウォーキングに適しており、都内で紅葉も楽しめ充実した日になりました。(運営員会)
2025年11月23日(日)
「東京スポーツ祭典 紅葉の長池公園散策 約6km」
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「紅葉の長池公園散策」が八王子市の長池公園とせせらぎ緑道で開催されました。参加者はお試し参加2名を含む10名。京王相模原線南大沢駅改札口に集合し、バスで「長池公園西バス停」へ向かいました。距離は6.5㎞でした。
▼コース前半
長池公園南大沢口からスタートし、やまざとひろば~夕日展望台~中央園路~浄瑠璃姫の碑~長池~かんさつの道~炭焼き小屋~里山のいえ~田んぼ~筑池~つくいけの道~姿池~芝生ひろば~長池自然館~見附橋と散策しました。
長池公園はちょうど紅葉の見頃を迎えており、真っ赤なもみじや黄色に色づいた落葉樹に囲まれながら歩きました。公園名の由来となった「長池」では、浄瑠璃姫の碑に刻まれた伝説をじっくり読み、歴史に思いを馳せました。「かんさつの道」では雑木林のトレイルを進み、ちょっとした山歩き気分も味わえました。
長池公園は「里山公園構想」に基づき、手つかずの自然ではなく、かつて多摩の人々が利用してきた里山の自然を継承する場として整備されています。市民組織「長池里山クラブ」が中心となり、谷戸の田んぼを残して田植えから稲刈りまでを行っています。田んぼの脇には脱穀した稲わらが稲架掛け(はざがけ)され、里山らしい風景を醸し出していました。
筑池の南側「つくいけの道」では、落葉樹の間から水をたたえた湖面が見え、マガモやトモエガモが数羽飛来して餌を探す姿が観察できました。芝生広場では「CRAFT PARK となりの職人」が開催されており、「めじろ太鼓」の力強い演奏が響き渡る中、しばし足を止めて見入る場面もありました。昼食は「長池公園自然館」のデッキを利用し、ゆったりとした時間を過ごしました。
▼コース後半
午後は「せせらぎ緑道」約1.5kmを歩き、京王堀之内駅でゴール・解散しました。この緑道にはもみじが多く植えられており、歩を進めるたびに鮮やかな紅葉に出会えました。長池公園よりも近い距離で紅葉を楽しめるため、参加者は足を止めて鑑賞を満喫していました。
▼参加者の声
• 「紅葉が豊かで美しい風景を堪能できた」
• 「トイレがきれいで使いやすかった」
• 「せせらぎ緑道の水量が少なく、せせらぎの音がかすかだったのが惜しかった」
このところ雨が少なかったため筑池の水量が減り、5月11日の行事では流れていた筑池から姿池への落差水路もほとんど水がなく、せせらぎ緑道への流水量もわずかでした。
▼天候
天気予報では秋晴れが期待されましたが、午前中は雲が広がり薄曇りの空模様。そのため長池公園内では陽光に輝く紅葉を見ることができず、やや残念でした。午後には少し明るさが増し、せせらぎ緑道では紅葉が映える光景を楽しむことができました。
企画当初は、この日程で紅葉の見頃に当たるか心配しましたが、ちょうど盛りの時期に出会えたことに安堵しました。
(運営委員会)
2025年11月8日(土)
芝浦ウォーターフロント 7㎞
👉写真はビデを見てください
▼2025年11月8日(土)「芝浦ウォーターフロント 7㎞」のウォーキングが行なわれました。JR高輪ゲートウェイ駅に8名(うち1名は新入会員)が集合。朝のうちは雲が広がって、肌寒かったのですが、次第に青空が広がり、まずまずのコンディションとなりました。高輪ゲートウェイ駅の開業は2020年(令和2年)3月14日とのことですが、当クラブにとって、この駅を集合場所としたのは今回が初めてでした。駅舎は新しく、おしゃれな感じがして、従来のJRの駅とはかなり違った雰囲気があり、新鮮な印象を受けました。
▼最初に芝浦中央公園を訪れることとしたのですが、高輪ゲートウェイ駅から芝浦中央公園へ連絡する明確な歩行者ルートは未だ整備途上であるため、やや遠回りとなりましたが、品川駅を経由して芝浦中央公園へ到着。手入れの行き届いた庭園には、港区の花であるバラが多数植えられており、美しい花を咲かせていました。一部の参加者からは「前回のウォーキングで訪れた「生田緑地ばら苑」のバラよりも、こちらのバラの方が美しいかも」といった声も聞かれました。公園内にはドッグランもあり、犬達が元気よく走り回っている姿が見られました。
▼この後、浜路橋、五色橋を経由して埠頭公園へ到着。明治43年、白瀬中尉らが芝浦から204トンの木造船開南丸で日本初の南極探検に出発しましたが、これを記念して公園内には開南丸のレリーフとペンギン像のある記念碑が建っていました。埠頭公園で少し早めの昼食をとりましたが、幸い食事中は日差しに恵まれ、風もあまりなかったため、当クラブにとって久しぶりの屋外での昼食を無事に終えることができました。
▼昼食後、日の出桟橋を経て竹芝ふ頭へ向かいました。竹芝ふ頭は、再開発によってホテルやオフィスビル、緑地(旧都立竹芝ふ頭公園)を併設した竹芝客船ターミナルが設けられています。デッキからはレインボーブリッジとお台場方面を一望することができ、絶景でしたが、今回の訪問時は残念ながら曇天だったため、晴天の日に改めて訪れてみたいと思いました。
▼続いて、芝離宮恩賜庭園を訪問。こちらは、小石川後楽園とともに、今東京に残る江戸初期の大名庭園の一つです。回遊式泉水庭園の特徴をよくあらわした庭園で、池を中心とした庭園の区画や石の配置は、大変見事です。周囲の高層ビルとのコントラストが印象的で、さながら都会の中の静かなオアシスといった感じでした。
▼最後に、旧新橋停車場(復元駅舎)を訪れ、ここで解散しましたが、今回のウォークのスタート地点が都心にあるJRの駅の中で最も新しい高輪ゲートウェイ駅であり、他方、今回のウォークのゴール地点が日本の鉄道開業時に建設された旧新橋駅(現在の旧新橋停車場)だったことは大変に興味深いと思いました。お天気もまずまずで、見どころの多いコースであり、大変に有意義なウォークとなりました。
(運営委員会)2025年10月2
10月25日(土)
生田緑地ばら苑と自然満喫コース 距離 約5㎞
👉写真はビデを見てください
▼2025年10月25日(土)「 生田緑地ばら苑と自然満喫コース 8㎞」のウォークが行なわれました。JR登戸駅に6名が集合。朝から雨が降り、気温も低く、残念ながらウォーキングにはあいにくの天気となってしまいました。
▼多摩川の土手を歩いて、「二ヶ領せせらぎ館」1階の多摩川水系に関する情報・展示ホールを訪問。その後、「二ヶ領用水」(二ヶ領の名前は、江戸時代の川崎領と稲毛領にまたがって流れていたことに由来。この用水路は多摩川から取水して造られ、農業用水として利用されていた)を経由し、さらに藤子・F・不二雄ミュージアムの前を通過した後、生田緑地ばら苑の入口に到着。1名はシャトルバスを利用し、残り5名は徒歩で長い坂道と急な階段を何とか登って、ようやく生田緑地ばら苑に到着。しかし、ここで1名の体調が急に悪くなり、病院へ直行する必要が生じて、もう1名が病院へ付き添うこととなったため、残念ながら本日のウォーキングの続行を断念し、いったん生田緑地ばら苑にて解散することとしました。
▼この後、残る4名は生田緑地ばら苑の中を散策し、様々な種類の美しいバラを観賞しました。ただ、このところ気温の低い日が続いていたせいか、未だつぼみのままのバラも多い一方で、すでに変色しているバラもあるなど、今年の異常気象がばら苑にもかなり影響を与えているのではないかと感じました。それでも広い敷地内に咲き誇る数々のバラの姿は見事でした。その後、1名はばら苑を後にし、シャトルバスを利用して家路に向かい、後の3名は、ばら苑内で開催されていた4名の若いサックス演奏家による素晴らしいサックス演奏を堪能した後、向ヶ丘遊園駅に向かい、駅近くの飲食店で昼食をとった後、解散しました。
▼悪天候とトラブルのため、今回のウォークを途中で終了せざるを得ない結果となったことは非常に残念でした。しかしながら、その後、病院へ向かった参加者も、医師による手当ての結果、体調が回復し、無事に帰宅できた旨の連絡があり、安堵しました。給水不足によって一時的な体調不良を起こしたとのこと。これから、さらに寒い季節を迎えますが、あまり汗をかかず、のどが渇いていないように感じても、今回の教訓から、ウォークの参加者には定期的な給水を心がけるように徹底しようと思います。(運営委員会)
10月12日(日)
世田谷区・国分寺崖線と成城の自然コース 距離約4㎞
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▼10月12日(日)、世田谷区・国分寺崖線と成城の自然をめぐる約4kmのウォーキングイベントが開催されました。成城学園前駅には、お試し参加者1名を含む計9名が集合。住宅街の舗装された道を歩きながら、「不動橋」を目指しました。
▼「関東の富士見百景」に選ばれている「不動橋」に到着しましたが、当日は曇り空のため富士山の姿を見ることはできませんでした。なお、11月5日頃にはダイヤモンド富士が観測できるとのことです。不動橋は、下北沢駅〜成城学園前駅間で地下化された小田急線が、橋の下から地上に姿を現す地点でもあります。
▼その後、ゆるやかな坂道を戻って「旧山田家住宅」へ向かいました。昭和初期の洋風建築で、地域の歴史と文化を感じられる貴重な建造物です。住宅は「成城みつ池緑地」の一角に位置していますが、現在は「第3期拡張整備工事」が進行中で、2026年2月の開園予定のため、緑地内には入れませんでした。
▼続いて、細い道を北へ進み、対向車に注意しながら「樫尾俊雄発明記念館」の敷地内にある「成城四丁目発明の杜市民緑地」に到着しました。面積は約1,600㎡とコンパクトですが、個人所有の土地を地域に開放する「市民緑地制度」に基づいて整備された、静かな緑地です。
▼さらに住宅地を東へ進み、「成城五丁目猪俣庭園」に到着しました。この庭園は、昭和の名建築家・吉田五十八が設計した数寄屋造の邸宅と、杉苔を中心とした美しい日本庭園が一体となった文化財庭園です。施主は猪俣猛氏(労務行政研究所初代理事長)です。
解説員による流暢で丁寧な説明により、広間から庭園を一望できる大きな開口部の設計や、障子・引き込み戸によって内と外が連続する空間構成など、建築の魅力が紹介されました。さらに、夫人室・食堂・坪庭には和風とモダンが融合した意匠が施されており、家具や照明も吉田五十八のオリジナル。茶室と露地も、邸宅全体を茶室に見立てた設計思想が随所に反映されているとのことでした。
その後、碁盤の目状に整備された成城の住宅街を歩き、成城学園前駅南口に戻って解散となりました。
▼今回、次の理由から昼食をとる場所が無かったので、午前中だけのウォークとなり、少々慌ただしい感がありました。
「成城学園の緑地は、杉の森や成城池など、都市では貴重な自然環境が広がっている。自然との距離を保つ設計思想から、ベンチを多く設置すると、人の滞在時間が長くなり、生態系への影響(踏圧、ゴミ、騒音など)が懸念されるため、あえて最小限にとどめている」とのこと。
このための時間の制約や、急坂が多いこと、工事中の緑地が多いことなどから、国分寺崖線歩きも割愛する結果となってしまったことは残念でした。
(運営委員会)
10月4日(土)
変わり続ける街!原宿・渋谷エリアの秋散歩 約8km
写真はビデオを参照してください
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明治神宮での静かなひととき
JR原宿駅に4名が集合し、表参道改札口から明治神宮へ。改札を出るとすぐに第二鳥居前の広場に出られるようになっており、便利になったと感じました。石畳の遊歩道を、外国人観光客とともに歩きながら本殿へ向かうと、両側には大木が立ち並び、マイナスイオンやフィトンチッドの影響か、自然と気持ちが落ち着いていきました。
本殿ではちょうど結婚式が行われており、「参進の儀」が奉賽殿前で執り行われていました。多くの見学者が左右に並び、厳かな雰囲気を楽しんでいました。
️ 代々木八幡宮と文学の話題
北参道を抜けて参宮橋へ。小田急線の走行を眺めながら南下し、代々木八幡宮へと向かいました。急な階段を登る途中、代々木八幡宮の宮司の家系に生まれた作家・脚本家の平岩弓枝さんの話題に。テレビドラマ『御宿かわせみ』を知っている方もいて、自然と会話が弾みました。
駒場公園で歴史と文化に触れる
富ヶ谷交差点の高架橋を渡り、東海大学渋谷キャンパスや東京大学駒場キャンパスの裏手を通って、目黒区立駒場公園へ。正門から入ると、急に緑に囲まれた静かな空間が広がり、まるで別世界に来たような感覚に。
敷地内には旧前田家本邸の洋館と和館、日本近代文学館があり、今回は洋館のガイドツアーに参加しました。前田利為侯爵とその家族の暮らしぶりに関するガイドさんの丁寧な説明を聞きながら、洋館の中を巡り、大客間、小客間、ステンドグラス、大食堂、寝室、書斎など、細部の意匠に驚きと感動を覚えました。
鍋島松濤公園と渋谷の街へ
駒場公園の東門から出て山手通りを渡り、最後の目的地「鍋島松濤公園」へ。紀伊徳川家の下屋敷を鍋島家が払い下げを受け、茶園を開いたことが始まりで、茶の銘「松濤」が地名の由来となっています。現在では桜の名所として親しまれ、園内のトイレは建築家・隈研吾氏によるデザインです。
鍋島松濤公園を訪れた後、坂道を上り下りしながら道玄坂を横切り、渋谷の中心街へ。繁華街の手前で老舗の日本そば屋を見つけ、渋谷にしては手頃な価格でランチを楽しみました。ゴールは「渋谷駅新南改札」。案内板も整備されており、分かりやすくなっていました。
▼今回のウォーキングでは、秋の自然、歴史ある建築物、文化的な話題、そして街の変化を五感で楽しむことができました。当日はお天気の心配をしていましたが、時折雨がぱらつく程度で、ウォーキングには支障がなかったので、良かったです。ただ、雨の予報が出ていたせいか、参加者が少なかったのは残念でした。(運営委員会)
9月20日(土)日本橋川・神田川クルージング
写真はビデオを参照してください
▼「江戸と東京の歴史と風景を川から巡る90分」
▼9月20日(土)、日本橋川・神田川をめぐるクルージングイベントを開催しました。お試し参加の方1名を含め、計9名が参加。連日の雨模様に「当日も中止かも…」と心配していましたが、幸いにもクルージングの時間帯は曇り空。雨に降られることなく、無事に出航することができました。運営委員一同、胸をなでおろしました。今回の企画は、3月8日に実施の「日本橋川を歩く」のとき、「今度は船に乗って川から辿ってみたい」という提案で企画されました。
▼午前11時、日本橋船着場を出発。まず「日本橋」をはじめとして日本橋川の21の橋をくぐり抜けクルージングしながら、神田川へ。
神田川では「後楽橋」をはじめに12の橋を通過し、隅田川へと合流します。
▼隅田川では「両国橋」など4つの橋をくぐり、再び日本橋川に戻って合流点の「豊海橋」から4つの橋を通過。約8km、90分の水上旅を楽しみながら、12時半ごろに出発地点「日本橋船着場」へと戻ってきました。
▼この日は気温約28℃、湿度約75%と、猛暑続きの中では比較的過ごしやすい気候。水辺の風も心地よく、快適なクルーズ日和でした。 ガイドさんの案内も見事で、江戸時代の石垣や橋の歴史、周囲の高層ビルの最新情報まで、幅広くわかりやすく解説してくださり、あっという間の90分でした。(運営委員会)四ツ谷駅赤坂口に9人集合。
205年7月12(土)見どころ満載の四谷で
▼四ツ谷駅赤坂口に9人集合。久しぶりの参加の方と入会希望?の方1名とこれまでにないメンバーです。
猛暑を考慮した短いコースです。都心ということもあり下見を実施せず、参加者全員がリーダーということで地図とスマホ頼りに出発しました。
▼駅から数分の若葉東公園へ向かいます。
目の前がかの有名な迎賓館です。門には警備員が配置され近寄りがたい建物です。
しかし、一般開放もされていて中に入ることもできます。興味のある方はどうですか。
▼次は、学習院初等科の校舎の脇を通り、住宅街を抜け長い階段を上ると須賀神社です。
四谷の総鎮守として崇拝されている神社です。総鎮守と言われているだけに立派な神社です。それにしても外国人が多いなあと思って調べると、2016年に公開されたアニメ映画「君の名は」の舞台の一つでした。長い階段の前の東福院坂と合わせて聖地巡礼の地として有名のようです。
▼次は東京消防庁の「消防博物館」です。
江戸時代の火消の始まりが当時の町並みを再現したジオラマで粋な江戸っこ? いなせな町火消の活躍ぶりを見ることが出来ました。
明治から昭和にかけて大きく変化した消防の機能、組織の近代化なども詳しく説明されています。
消防自動車の変遷、災害から生命や財産を守ってくれている消防の活動、消火はもちろん救急活動等勉強することができました。
▼次は「新宿歴史博物館」です。
武蔵野の一原野から、高層ビルが立ち並ぶ都心へと変容した新宿区の様子が展示されていました。旧石器時代から江戸時代までの大地に刻まれた歴史、現在の地名のゆかりになった資料、江戸時代の宿場町、戦中戦後・平成への移り変わり、近代文学から見た新宿と、これもまた勉強になりました。
その後、三栄(さんえい)通りの定食屋でお昼を取り、四ツ谷駅で解散しました。
朝からの曇り空と、気温も30度を超えず、熱中症の心配もどこかへ行ってしまったウォーキングでした。
(運営委員会)2025年6月28日(土)、ウォーキング行事「水をめぐる東京・昭島の散歩道 ~玉川上水・多摩川へ」が開催されました。
2025年6月28日(土)「 「水」をめぐる昭島の散歩道~玉川上水・多摩川~ 距離 5km㎞
▼2025年6月28日(土)、ウォーキング行事「水をめぐる東京・昭島の散歩道 ~玉川上水・多摩川へ」が開催されました。
参加者は6名。集合時間までに全員が昭島駅改札口に揃ったため、すぐに出発しました。
▼ 昭島駅北口からスタート。真夏のような強い日差しの中を歩いて拝島第二小学校を過ぎ、「玉川上水橋」で玉川上水を渡りました。
澄んだ水が滔々と流れ、皆でその美しさに感動。両岸の緑が水面に覆いかぶさるように茂り、流れに日陰を落としていました。
▼ 「昭島市エコ・パーク」に到着。
ここは「武蔵野の自然環境再生のシンボル拠点」として整備された公園で、「緑のリサイクル」「スポーツゾーン」「原っぱゾーン」「緑を育むゾーン」の4つのゾーンに分かれ、市民の憩いの場となっています。広々とした芝生と樹木が印象的な公園でした。
「原っぱゾーン」には、20種の桜の樹が植えられています。その中の一つ「フゲンゾウ(普賢象)」というサトザクラ一種の説明板がありまた。かつて東京府江北村(現在の足立区)の荒川堤で栽培されていたとのこと。桜の樹自体は、手前のヒマワリの植栽の奥にありました。
また、拝島第二小学校の2年生が植えた花壇もあり、地域とのつながりが感じられました。
▼ 「玉川上水」沿いを上流に向かってしばらく歩きました。
大木が多く、木の根が地面に張り出しているところもあり、足元に注意しながらの行程。川沿いには金網が張られており、安全にも配慮されています。遊歩道は木々の葉に覆われ、日差しを遮ってくれて助かりました。
▼ 「拝島駅のステンドグラス」を鑑賞
拝島駅の自由通路には、パブリックアートとして2点のステンドグラス作品が設置されています。
作品名は「美しい水の流れ」「吹き渡る風に夢をのせて」。
昭島市・福生市の両方を流れる多摩川の清流をテーマに制作されており、昭島市側は「日の出の様子」「アキシマクジラ」、福生市側は「七夕まつり」「ツツジ」などがモチーフとして描かれ、両市のイメージを美しく表現しています。
▼ 「石川酒造」を訪れました。
文久3年(1863年)創業の老舗酒造。敷地内には酒蔵やビール工房、レストランが併設されており、“酒飲みのテーマパーク”としても親しまれています。
登録有形文化財の建物内にある無料の資料館では、創業当初からの酒造りや、明治期のビール工房に関する史料が展示されています。
また、敷地内には歴史を感じさせる大木が数多くあり、とくに有名なのが次の2本です。
樹齢700年の御神木(ケヤキ)、樹齢400年以上の夫婦欅(めおとけやき)。
どちらも、酒造りの歴史や土地の記憶を語りかけてくるような、圧倒的な存在感を放っていました。
資料館では豊富な展示物をじっくりと見学し、その後、「福生のビール小屋」と呼ばれるレストランで昼食。イタリアンと蔵元直送のビールが楽しめます。
それぞれ好みのパスタを選んで舌鼓を打ち、ビールを堪能した方も。木々に囲まれ、風が心地よく通るテラス席で、ゆったりとしたひとときを過ごしました。
▼ 多摩川緑地福生南公園を散策
昼食を終え、最後の訪問地「多摩川緑地福生南公園」へ向かいました。
この公園は多摩川沿いに広がる面積約61,322㎡の広大な緑地で、東西に細長く、南北がやや狭い形状をしています。
園内には、野球場・テニスコート・ゲートボール場のほか、全長1.5kmのジョギングコース、本格的なアスレチック遊具、じゃぶじゃぶ池やバーベキュー施設など、多彩な設備が整っています。
園内の中ほどまで歩いて一休みした後、入口まで戻りました。
ゴールの拝島駅へは、多摩川に架かる睦橋のたもとにある「睦橋バス停」からバスに乗りました。
当初は「日吉神社」や「アキシマエンシス」も訪れる計画でしたが、猛暑のため今回は見送ることにしました。
(運営委員会)
2025年6月14日(土)「 緑と花の川沿い散策 8㎞
▼2025年6月14日(土)「 緑と花の川沿い散策 8㎞」のウォークが行なわれました。JR亀戸駅に6名が集合。当日は曇天でしたが、朝のうちは少し日差しもあり、涼しい風も吹いてウォーキングにはまずまずのコンディションでした。しかし、昼過ぎからは一時的に雨が降り、風も強くなった時間帯がありました。
▼亀戸駅を出発して、最初に亀戸中央公園を訪れました。芝生広場やテニス場、多目的球技広場などのある広大な敷地の公園で、「昔は何があった場所かな?」といった会話をしながら歩きましたが、ここは日立製作所の亀戸工場のあったところで、工場移転後に公園として整備され、1980年(昭和55年)6月1日に開園したとのこと。続いて旧中川沿いの旧中川水辺公園へ向かいました。この公園からは東京スカイツリーを眺めることができ、また遊歩道では、アジサイが色とりどりの花を咲かせて見頃を迎えており、多くの人たちがアジサイの花をバックに写真撮影をしている姿が見られました。モデルさんと思われる若い女性の姿もちらほらと見かけられたのですが、こちらの公園は、江東区観光協会が主催するInstagramフォトコンテストやSNSへの投稿のモチーフとしても人気を博しているとのことです。
▼この後、亀戸浅間神社を訪問(創建は大永7年(1527年)、現在の社殿は、昭和20年の東京大空襲にもその難を免れ無事だったことから、地元の人々からは火伏の神としても信仰されているとのこと)。さらに虹の大橋を渡って大島小松川公園へ向かいました。この公園は、東京都江戸川区小松川と江東区大島にまたがって所在する都立公園で、芝生の広場とスポーツ広場が主体の広大な敷地の公園ですが、以前は工業地帯で、1970年代までに化学メーカーが大量のクロム鉱滓を埋めた跡地であり、埋められた鉱滓には六価クロムが含まれていたため、無毒化処理後に現場に埋め戻され、東京都によって公園となったとのこと。大島小松川公園を訪れた後、お昼時となったため、地下鉄・東大島駅近くの飲食店で昼食休憩としました。
▼昼食後、荒川へ向かい、荒川スーパー堤防沿いの「小松川千本桜」の横を通って荒川ロックゲートへ到着。荒川ロックゲートは荒川と旧中川とを結ぶ閘門(こうもん・ロックゲート)と呼ばれる施設です。ロックゲート(=閘門)とは、水面の高さが違う2つの川のあいだを船が通行できるようにするための施設で、川と川のあいだに水門をつくって、水位を調節し、水面の高さを同じにして船を通します。荒川と旧中川は水面差が最大3.1メートルにもなるため、船の往来が不可能でしたが、2005年10月1日のロックゲート完成によって、荒川と旧中川、小名木川、そして隅田川が結ばれたとのこと。この後、荒川河川敷を経由して、東砂天祖神社(深川神明宮の分霊を勧請して元禄10年(1697年)に創建)に立ち寄りました。
最後に深川の富岡八幡宮の元宮の説から地元では「元八幡」と慕われている富賀岡八幡宮(奈良末期の創建とされ、産土鎮守神として信仰されていて、江戸中後期には江戸の郊外の名所として有名となり、特に桜並木の参詣道は歌川広重の「名所江戸百景」にも描かれているとのこと。 境内の富士塚は「砂町の富士塚」といわれ、江東区の有形民俗文化財)を訪問し、地下鉄・南砂町駅で解散しました。
▼今回のウォークでは、江東区と江戸川区の自然と歴史に触れることができ、心配されたお天気も大きな崩れはなく、予定どおりのコースを参加者全員が無事完歩することができ、良かったです。 (運営委員会)
5月31日(土)歴史と自然を感じながらお江戸散歩 7㎞
JR両国駅西口改札~すみだ北斎美術館~津軽稲荷神社~錦糸公園~本所時之鐘跡~長谷川平蔵・遠山金四郎屋敷跡~両国駅
▼2025年5月31日(土)「 歴史と自然を感じながらお江戸散歩 7㎞」のウォークが行なわれました。JR両国駅に5名が集合(当初、8名参加予定でしたが、都合により3名欠席)。当日は朝から雨が降り続き、気温が低い上、風も強く、ウォーキングにはかなり厳しいコンディションとなってしまいました。こんなあいにくの日和でしたが、両国駅には多くの外国人観光客がいて、西口改札口を入ったところに展示されている歴代横綱の写真や手形などに熱心に見入ったり、記念写真を撮影している姿が見られました。
▼両国駅を出発して、旧安田庭園(元禄年間(1688~1703)に築造されたと伝えられる大名の庭園が墨田区に移管、復元されたもの)を訪問後、降りしきる雨の中を、すみだ北斎美術館へ向かいました。しかし、あいにく定期メンテナンスのため休館中だったため、大変残念ながら美術館の見学はかないませんでした。美術館隣には相撲の神様として知られる野見宿禰を祀った野見宿禰神社があり歴代横綱の石碑を見ました。ここで相撲パワーをもらい気を取り直して津軽稲荷神社(津軽藩中屋敷跡)を訪問し、さらに錦糸公園へ向かい、パワースポットと言われている千種稲荷神社や公園内の野球場の近くにある王貞治氏(墨田区本所の出身)のモニュメントを訪れました。ここで風雨が一段とひどくなったため、錦糸町界隈の飲食店に避難して、少し早めの昼食をとることにしました。
▼昼食後、大横川親水公園に向かい、本所時之鐘(時の鐘跡)、江戸時代の火付盗賊改役として有名な長谷川平蔵の旧邸跡、長谷川平蔵屋敷跡(遠山金四郎屋敷跡)を訪れましたが、いずれも看板があるだけで、時の鐘や屋敷の痕跡はまったくなく、なんとなく肩透かしを食らった感じでした。その後も雨は一向に止む気配がなく、傘を持っていかれそうなほど風も強く、加えてかなり寒かったため、ここで2名がウォークを切り上げて帰宅しました。
▼他の3名は、その後もウォークを続け、弥勒寺(墨田区立川にある真言宗豊山派の寺院)、江島杉山神社(江ノ島弁財天および5代将軍徳川綱吉に針治療を行った杉山和一総検校を祀る御社で、境内には江ノ島弁財天を模した洞窟あり)、本所松坂町公園の吉良邸跡、回向院(明暦3年(1657)江戸史上最悪の惨事となった「振袖火事」の犠牲者を弔うために建立された寺院で、さまざまな災害や人災などの被害者、遊女、水子、刑死者、諸動物などが埋葬供養されているとのこと)を訪れました。ウォーク終了後、両国駅近くのコーヒーショップで熱いコーヒーで疲れを癒した後、解散しました。今回は、強い風雨にさらされた中でのウォークとなってしまいましたが、文字どおり江戸の歴史を感じながら歩くことができ、有意義だったと思います。せっかくのコースなので、次回はもっと天気の良い日にゆっくりと歩いてみたいと思いました。(運営委員会)
5月11日(日) 浄瑠璃姫伝説ウォーキング 長池公園~せせらぎ緑道 距離 約6km 9時30分集合
集合:京王線・相模原線・南大沢駅 改札口(改札はひとつ)9時30分まで 9時45分バス停へ移動 ~ 南大沢駅/京王バス停(2番乗り場)9時55分発車 ~長池公園バス停10:05着 ~ 長池公園西口 ~ 長池公園内散策 ~ 長池公園姿池 ~ せせらぎ緑道 ~ 京王堀之内駅 着1:30着 ~ イタリアン ファミリーレストランで昼食
▶長池公園 案内Mapはここから
京王線南大沢駅に参加者7名集合。
久しぶり増えた新会員の紹介がありました。
楽しく歩きましょう。
新聞に載っていた公園の記事。多摩市の公園を中心に歩いている会長にこんな所があるみたいと紹介し今回のウォークになりました。
南大沢駅から徒歩20分程度ですが、アップダウンもあり、道も少々複雑なため駅からバスを利用しました。
バス停には同じ公園へ行く方も何人かいました。
「長池公園」は農業用のため池として大事な役割を果たしていた「長池」と「築池」を中心に、小川や湿地、そして広大な雑木林に囲まれた、面積20haの自然保全型公園であると共に市民の憩いの場所でもあり、たくさんの人達と出会いました。
公園西入口から「やまざとひろば」を回りこむように歩きましたが木々に囲まれて広場に気づかず「夕日展望台」へ到着です。富士山も見えると案内板にはありますが、雲に隠れて見えませんがすばらしい眺望です。
「公園中央通路」を色々なお花をめでながら歩き、緩やかな階段を降りると長池です。湧き水の池ですが木々に囲まれ鬱蒼として、あまりきれいとは言えない池です。
池の近くには鎌倉時代末期に、新田義貞に仕えた小山田氏の戦死を知った浄瑠璃姫が薬師如来像を背負って身を投げたという池」で、「浄瑠璃姫の碑」が建てられています。
木々に囲まれ歩きやすく整備されたかんさつの道は本当に気持ちの良い道でした。
長池より大きな「築池」が見えてきました。
築池からしばらく「長池見附橋」、「姿池」を眺め「長池公園自然館(ネイチャーセンター」へ向かいました。
「長池自然観察館」でトイレ休憩、館内を見て回り再度「長池見附橋」へ。
1913年(大正3年)にJR四ツ谷駅に掛かっていた跨線橋で1993年(平成5年)に長池公園に移築復元されました。欄干や橋灯はネオ・バロック様式の装飾ということで風情たっぷりです。鉄製アーチ橋は創建当時そのまま使われており日本最古のものと言われているとのことです。朝ドラ「虎に翼」などのドラマの撮影にも使われたり、橋のたもとには石碑があり、移築された経緯についての説明もありました。
その後、せせらぎの流れに沿って「京王堀之内駅」近くまで続いている約1500mの「せせらぎ緑道」を歩きました。心地よいせせらぎの音、両側にはたくさんの樹木が植えられ、いろいろな花々も咲いてあっという間の緑道歩きでした。
駅近くのファミリ―レスで昼食をとり解散しました。
今回は「長池公園」のみの「ゆったりコース」でしたが、沢山の木々に囲まれ、鳥の声に耳を澄ませ、せせらぎの音、天気もさわやかで心身癒されるウォークでした。
また四季折々に訪れたくなった公園歩きでした。
(運営委員会)
▶スライドショーで長池公園を紹介
▶スライドショーでせせらぎ緑道を紹介
25年4月26日(土) 八王子パワースポットめぐり 距離 約9km
JR八王子駅~西放射線ユーロード~八王子市夢美術館~八王子織物工業組合(べネック)
~産千代稲荷神社~金剛院~八王子市郷土資料館~信松院~冨士森公園~京王片倉駅
▶スライドショーで報告
JR八王子駅に参加者7名集合。
ユーロードとは第二次世界大戦の空襲により焼け野原になった八王子市街地を復興する際に、区画整理によるシンボルとして造られた通りです。
北口から甲州街道へ向かって放射状に左手へのびる通りが西放射線ユーロード(YOU)。右手へのびる通りが東放射線アイロード(I)。
そのユーロードを歩きました。歩行者専用で幅広く、沿道には多くの店舗が並んでおり、市内でも最も活気にあふれているとのことです。
500mほどのユーロードから甲州街道に入り、夢美術館でトイレを拝借。
万葉の時代からある伝統産業の八王子織物。伝統産業と先端技術が融合した「八王子織物」として都市型ファッションを目指し、織物工業組合・直営ショップ「べネック」のウインドウを眺めました。
次は徳川家康の家臣・大久保石見守長安が陣屋の鬼門除けとして創建したと言われている産千代稲荷神社です。こじんまりとしていますが大木が繁り、陣屋跡として八王子市旧跡に指定されており、当時使われていた井戸もありました。
踏切を渡り線路沿いを進むと念仏院の中に時の鐘があります。川越の時の鐘をイメージしてしまいますがここの鐘も立派です。
向かい側には金剛院です。寛永8年(1631年)高野山の末寺として創建。昭和20年8月の八王子空襲ため殆どを焼失。戦後、壇信徒の支援により大本堂・書院・会館などが建築され、市内では大きな寺院です。
八王子駅サザンスカイタワー八王子に「桑都(そうと)日本遺産センター八王子博物館」ができ、閉館となった八王子市郷土資料館の外に立つ「二宮金次郎」見るために立寄りました。
しばらく行くと「信松院」です。
武田信玄の息女松姫さまが7才の時に織田信長の長男信忠と婚約するも、三方ヶ原の戦いで両家は戦うようになり婚約は解消。武田家も滅亡し、松姫さまは八王子へ落のび、恩方にある心源院というお寺に入り尼僧になり、天正18年(1590年)創建したお寺です。
松姫さまは仏道精進の傍ら絹織物を伝えたり、近隣の子ども達に手習いを教えたりと土地の人々からも慕われ平和の日々を送られました。また、武田家の旧臣達の千人同心の心のよりどころになった姫です。
信松院を後にして、松姫通りを歩き、冨士森公園に着きました。八王子市の代表的な公園で野球場、陸上競技場テニスコート、市民体育館、こども広場があり、丁度高校野球の大会中でもあり、歓声が響いていました。この公園で昼食休憩を取りました。
本日は午後から天気の急変もあるという天気予報を考慮し、京王線片倉駅へ向かい、京王線で帰る人、JR線利用の人と別れ解散となりました。
距離は予定より短くなりましたが、春の花が咲き乱れて、天気の崩れもなく、最高のウォーキングでした。(運営委員会)
2025年4月12日(土) キャプテン翼の仲間を探そう 約7㌔
京成四ツ木駅~四ツ木公園~渋江公園~立石児童遊園~熊野神社~曳舟川親水公園~めだかの小道~四つ木つばさ公園~四ツ木駅
▶スライドショーで報告
漫画「キャプテン翼」の作者が四つ木出身という事もあり、あちらこちらにキャラクターの銅像が設置されている。四つ木の街を歩きながらいくつかの銅像を探しました。
四ツ木駅に6人集合。 駅の構内から漫画のキャラクターが所狭ましと描かれています。
駅を出てすぐに主人公翼の第一の友人「石崎了」。線路を挟んだ四つ木公園には翼の筆頭ライバル「日向小次郎」。子ども達がたくさん遊んでいました。
わかりにくい住宅街の道を抜け大通りの葛飾郵便局前に翼の応援団長で後には妻となる「中沢早苗」。
京成線の踏切を渡り渋江公園には翼の盟友にして相棒の「岬太郎」。
また、この公園は「セルロイド工業発祥の地」です。大正3年(1914)に玩具工業「千種セルロイド工業」が設立され、今に続く「おもちゃのまち葛飾」のはじまりとなりました。
奥戸街道を進み、立石駅へ抜ける立石仲見世商店街を眺めました。駅周辺は開発途上です。 都営浅草線が乗り入れ都心へのアクセスは便利な京成線沿線の景色が変わるのでしょうか。
中川の堤防に出て心地よい川風を受けながら散歩道をしばらく歩きました。
中川を離れ立石児童遊園へ。地名の由来にもなった「奇石」、寒い時には欠け、暖かくなると戻るなど様々な伝承がある「石」が祭ってあります。ここにあるベンチと遊歩道の桜の下のベンチに分かれて昼食休憩を取りました。
その後、数分先の「熊野神社」へ。平安時代中期、陰陽師「安倍晴明」によって境内を30間五角とし、5方山熊野神社として勧請された古い神社です。境内にはポニーが数頭飼われ訪問者を和ませてくれます。
二本の楠は夫婦楠と呼ばれ、樹齢350年葛飾区登録天然記念物となっています。5月5日には隣接の熊野幼稚園と合同の「くまのこどもまつり」が開催されるようです。
広い歩道を歩き、かつしかシンフォニーヒルズを背に立石駅方向へ進むと「立石みちひろば」防災生活圏促進事業により整備された広場です。
そこに15歳でプロデビュ―果たすなど天才児でライバルの「若林源三」。
葛飾区役所の公衆トイレでトイレ休憩の後、しばらく歩き、曳舟川親水公園へ。 江戸時代、舟に縄をかけて人や牛馬が曳いていたことから「曳舟川」という。水をテーマに整備され夏には水遊びもできる公園に整備されました。
親水公園も終わり長い歩道渡り終えると元ブラジル代表で翼が最も尊敬する「ロベルト本郷と大空翼」。 曳舟川自然再生区域として整備された小川に沿った「四つ木めだかの小道」を歩きました。
小道からも見えた鉛筆の絵が描かれた壁の北星鉛筆社屋の横を通り四つ木つばさ公園です 住宅街の公園ですが網が貼ってありサッカーや野球ができる公園で「大空翼」が堂々と立っていました。
四ツ木駅へ戻り、インド料理の店でコーヒーだけ注文。一息つき解散となりました。 本日は暑くも寒くもなくウォークには最高のコンデションでした。桜もまだまだ残っておりお花見もできました。(運営委員会)
4月5日(土)佐倉散策 11㎞
JR佐倉駅→武家屋敷サムライの小径・ひよどり坂~佐倉城址公園~麻賀多神社
~甚大寺~順天堂記念館~旧堀田邸~JR佐倉
▼2025年4月5日(土)「 佐倉散策 11㎞」のウォークが行なわれました。JR佐倉駅に6名が集合。うち1名は一般の方であり、今回初めて「お試し」で参加してくれました。このところ悪天候で寒い日が続いていましたが、ウォーク当日は朝から晴れて、気温も比較的暖かだったため、ウォーキングには適したコンディションとなり、ラッキーでした。
▼佐倉駅を出発後、咲き誇る桜を愛でながら高崎川沿いを進み、「ひよどり坂」を登って佐倉武家屋敷へ到着。メンテナンスのコストを考慮したためか、茅葺屋根ではなくなっている屋敷もありましたが、旧河原家住宅、旧但馬家住宅は現在も茅葺屋根で、往時の姿をとどめていました。この後、「くらやみ坂」を下って佐倉城址公園へ向かいましたが、「くらやみ坂」には茂った樹木が覆いかぶさっているため、その名のとおり薄暗く、昔は今よりもさらに暗くて、不気味だったのではないかと想像しました。
▼久々に週末に晴天となり、お花見には格好の土曜日となったせいか、佐倉城址公園は大勢の家族連れやカップルなどで大変賑わっており、芝生ではお弁当や、キッチンカーで買い求めたうどんや焼きそばなどで昼食をとる人達で混雑していました。私達も、ここで少し早めの昼食を済ませることにしました。昼食後、国立民族歴史博物館でトイレを拝借してから、麻賀多神社、佐倉新町おはやし館、甚大寺を訪れた後、佐倉順天堂記念館(天保14年(1843年)に蘭方医・佐藤泰然が開いた蘭医学塾兼診療所)へ向かいました。ここでは、ガイドの方から順天堂の沿革、当時としては極めて先進的な医学を実践し、優れた業績をあげていたこと、順天堂が現在の順天堂大学へとつながっていく系譜などに関して、非常に詳しく説明して頂きました。当時、麻酔薬の副作用を避けるため、麻酔なしで外科手術を行っていたという話を聞かされたのですが、その話を聞いているだけで気絶しそうな気分になりました。
▼最後に、旧堀田邸(明治23年(1890年)に竣工した最後の佐倉藩主・堀田正倫の邸宅で、国指定重要文化財)を訪問した後、JR佐倉駅に戻り、家路につきました。参加者のうち1名が、もともと怪我をしていた関係で、途中でウォークを切り上げざるを得なかったことは残念でしたが、お天気にも恵まれて、普段はなかなか訪れる機会のない佐倉のウォークを予定どおり実施することができ、大変良かったと思います。 (運営委員会)
3月23日(日)多摩市の公園を巡るコース 約5㎞(お弁当なし)
▼春の多摩市・公園巡りウォーキングレポート
3月23日(日)、春の訪れを感じながら、多摩市の公園を巡る約5㎞のウォーキングが実施されました。集合場所は小田急多摩線・唐木田駅の改札口前広場。予定では7人の参加でしたが、1名が腰痛のため急遽欠席、お試し参加の方も見送られ、最終的に5名でのスタートとなりました。
▼唐木田の歴史を感じながらスタート
「唐木田」という地名は、唐から渡来した人々が開拓した田畑に由来するとされています。標高123mの唐木田駅から、105mの低地に広がる「鶴巻西公園」へと、遊歩道を一気に下りました。広々とした園内には遊歩道や休憩所が整備されており、まずは「農家風休憩施設」に立ち寄り、昔の暮らしに思いを馳せながら静かなひとときを過ごしました。その後、園内の名所「シダレザクラの大木」を訪れましたが、残念ながらまだつぼみの状態。「満開の姿を見たかったなぁ」と、惜しむ声が上がりました。
▼花の谷を抜け、芝生の広場へ
次に向かったのは「花の谷」。ジグザグに伸びる遊歩道をゆったりと登りながら、水底を静かに這う黒茶の鯉を眺めたり、咲き始めた花木を楽しみました。進むうちに、広々とした芝生広場に到着。そこではボーイスカウトの子どもたちが元気にドッジボールを楽しんでおり、その活気が春の陽気と相まって、心を和ませてくれました。
▼ガリバー山の頂から多摩ニュータウンを一望
続いて訪れたのは「鶴巻東公園」。公園内には標高140mの「ガリバー山」がそびえ立っており、これはニュータウン開発の際に積み上げられた土でできた人工の山です。直登も可能ですが、今回は渦巻き状の遊歩道をのんびりと登りました。頂上からは多摩ニュータウンが一望でき、その開放感に「登ってきた甲斐があったね!」と歓声が上がりました。
▼思い出のテニスコートと桜並木
「奈良原公園」に入ると、テニスコートが5面広がっていました。かつて新日本スポーツ連盟のサマーセミナーでテニス大会が開催された場所であり、参加経験のある方が懐かしそうに当時の思い出を語ってくれました。
その後、「富士見通り桜並木道」から「宝野公園」へと足を進めました。満開時には多くの花見客で賑わうこのエリアも、今年はまだつぼみの段階。しかし、その分、水仙の花壇が鮮やかな黄色い光を放ち、歩く人々の目を楽しませていました。「花弁が大きくて見事な水仙だね!」と感嘆の声も。
▼公園群を抜け、春の賑わいへ
しゃれた住宅街に挟まれた「中央プロムナード通り」を経て「レンガ通り」へ。視界が開けると、広大な「多摩中央公園」が現れました。現在、大改造中のため「多摩中央図書館」に正面入り口から入り、中央公園口へと通り抜け、大池を眺めるのみとしました。
やがて「パルテノン大通り十字路広場」に到着。ちょうど「多摩センタースプリングフェスタ2025 ~SPORTS DAY~」が開催されており、家族連れで大にぎわい!
「3×3バスケットボール大会」「多摩どまんなかバスケ」、東京ヴェルディによる「キックターゲット」など、スポーツイベントが充実。また、同時開催の「パルテノン大通りマルシェ2025」では、地元特産品や手作り品が並び、多くの人が買い物を楽しんでいました。それまで静かな公園巡りだったため、このにぎやかな雰囲気に驚いた参加者も。「これがあったから、公園は人が少なかったのかも?」と話す声も聞こえました。
▼安全で快適なウォーキングコース
昼食は「ココリア多摩センター」のフードコートで、それぞれ好みの料理を楽しみ、ここで解散となりました。
今回巡った公園群は多摩丘陵の丘の連なりにあり、公園間を広い道路がつないでいます。しかし、スタート時に信号を一つ渡っただけで、ゴールまで一度も信号を渡ることなく歩くことができました。これは、公園同士が「人道橋」で結ばれているため。交通事故の心配がなく、安全で快適なウォーキングコースであることを改めて実感しました。
「緑と遊歩道、広々とした芝生が多くて楽しかったね。桜が咲いていたら、もっと素敵だったろうなあ」との声も聞かれました。
春の多摩市公園巡りウォーキング、また次の機会も楽しみですね!(運営委員会)3月23日(日)多摩市の公園を巡るコース 約5㎞(お弁当なし)
▼春の多摩市・公園巡りウォーキングレポート
3月23日(日)、春の訪れを感じながら、多摩市の公園を巡る約5㎞のウォーキングが実施されました。集合場所は小田急多摩線・唐木田駅の改札口前広場。予定では7人の参加でしたが、1名が腰痛のため急遽欠席、お試し参加の方も見送られ、最終的に5名でのスタートとなりました。
▼唐木田の歴史を感じながらスタート
「唐木田」という地名は、唐から渡来した人々が開拓した田畑に由来するとされています。標高123mの唐木田駅から、105mの低地に広がる「鶴巻西公園」へと、遊歩道を一気に下りました。広々とした園内には遊歩道や休憩所が整備されており、まずは「農家風休憩施設」に立ち寄り、昔の暮らしに思いを馳せながら静かなひとときを過ごしました。その後、園内の名所「シダレザクラの大木」を訪れましたが、残念ながらまだつぼみの状態。「満開の姿を見たかったなぁ」と、惜しむ声が上がりました。
▼花の谷を抜け、芝生の広場へ
次に向かったのは「花の谷」。ジグザグに伸びる遊歩道をゆったりと登りながら、水底を静かに這う黒茶の鯉を眺めたり、咲き始めた花木を楽しみました。進むうちに、広々とした芝生広場に到着。そこではボーイスカウトの子どもたちが元気にドッジボールを楽しんでおり、その活気が春の陽気と相まって、心を和ませてくれました。
▼ガリバー山の頂から多摩ニュータウンを一望
続いて訪れたのは「鶴巻東公園」。公園内には標高140mの「ガリバー山」がそびえ立っており、これはニュータウン開発の際に積み上げられた土でできた人工の山です。直登も可能ですが、今回は渦巻き状の遊歩道をのんびりと登りました。頂上からは多摩ニュータウンが一望でき、その開放感に「登ってきた甲斐があったね!」と歓声が上がりました。
▼思い出のテニスコートと桜並木
「奈良原公園」に入ると、テニスコートが5面広がっていました。かつて新日本スポーツ連盟のサマーセミナーでテニス大会が開催された場所であり、参加経験のある方が懐かしそうに当時の思い出を語ってくれました。
その後、「富士見通り桜並木道」から「宝野公園」へと足を進めました。満開時には多くの花見客で賑わうこのエリアも、今年はまだつぼみの段階。しかし、その分、水仙の花壇が鮮やかな黄色い光を放ち、歩く人々の目を楽しませていました。「花弁が大きくて見事な水仙だね!」と感嘆の声も。
▼公園群を抜け、春の賑わいへ
しゃれた住宅街に挟まれた「中央プロムナード通り」を経て「レンガ通り」へ。視界が開けると、広大な「多摩中央公園」が現れました。現在、大改造中のため「多摩中央図書館」に正面入り口から入り、中央公園口へと通り抜け、大池を眺めるのみとしました。
やがて「パルテノン大通り十字路広場」に到着。ちょうど「多摩センタースプリングフェスタ2025 ~SPORTS DAY~」が開催されており、家族連れで大にぎわい!
「3×3バスケットボール大会」「多摩どまんなかバスケ」、東京ヴェルディによる「キックターゲット」など、スポーツイベントが充実。また、同時開催の「パルテノン大通りマルシェ2025」では、地元特産品や手作り品が並び、多くの人が買い物を楽しんでいました。それまで静かな公園巡りだったため、このにぎやかな雰囲気に驚いた参加者も。「これがあったから、公園は人が少なかったのかも?」と話す声も聞こえました。
▼安全で快適なウォーキングコース
昼食は「ココリア多摩センター」のフードコートで、それぞれ好みの料理を楽しみ、ここで解散となりました。
今回巡った公園群は多摩丘陵の丘の連なりにあり、公園間を広い道路がつないでいます。しかし、スタート時に信号を一つ渡っただけで、ゴールまで一度も信号を渡ることなく歩くことができました。これは、公園同士が「人道橋」で結ばれているため。交通事故の心配がなく、安全で快適なウォーキングコースであることを改めて実感しました。
「緑と遊歩道、広々とした芝生が多くて楽しかったね。桜が咲いていたら、もっと素敵だったろうなあ」との声も聞かれました。
春の多摩市公園巡りウォーキング、また次の機会も楽しみですね!(運営委員会)
3月8日(土日本橋川を歩く 距離約6km(お弁当なし)
日本橋川とは 「国土交通省ウェブサイト」へのリンク
▼2025年3月8日(土)「 日本橋川を歩く 6㎞」のウォークが行なわれました。門前仲町駅に11名が集合。参加者の中には、数年ぶりの参加となった会員も1名含まれており、久しぶりに元気な顔を見ることができて大変に良かったです。また、一般の方が2名、「お試し」で参加してくれたため、久々に二桁の参加者となりました。お試し参加の方は年齢がかなり若かったため、いつもとは違った新鮮な雰囲気を感じました。ただ、当日は気温が非常に低く、さらに朝から終始曇り空で時折雪もちらついて、ウォーキングにはあいにくのコンディションとなってしまいました。
▼今回のウォークは、日本橋川沿いを歩くことを目的としたものでした。日本橋川は神田川の派川(分流)であり、JR水道橋駅西口近く、東京都千代田区と文京区の境界にある小石川橋で神田川から分岐、ここを起点として真南に流れています。日本橋川は、ほぼ全流路に亘って首都高速道路の高架下を流れており、空を望める川面は500 m弱と言われています。そして、中央区の永代橋付近で隅田川に合流しますが、今回は門前仲町駅を出発して、永代橋を渡り、水道橋駅を目指して、日本橋川を遡上するコースを歩きました。
▼永代橋、日本橋、江戸橋、常盤橋、一ツ橋をはじめとして、数多くの橋を渡りましたが、コースの途中では東京証券取引所、三越本店、日本銀行本店、2027年度に竣工が予定されている「Torch Tower(トーチタワー)」の建設現場などの横を通り、まさに都心のど真ん中を歩いていることを実感しました。現役時代に日本橋界隈の会社に勤務していた会員もいて、昔の思い出話に花を咲かせて、なじみのある場所を他の参加者に熱心に紹介している姿が見られました。また、都心を訪れたのが初めての人や、普段は都心で働いていても、日本橋方面を訪れるのは今回が初めてという人もいました。
▼全員寒さに耐えながらウォークを続けて、東京ドームを遠望できる場所まで到達したところで日本橋川に別れを告げ、ようやくゴールの水道橋駅に到着。お試し参加の1名はここで帰宅しましたが、残りの10名は水道橋駅前の飲食店で少し遅い昼食をとった後、水道橋駅で解散し、家路につきました。非常に寒い中のウォークでしたが、普段、あまり歩く機会のない場所を歩いて、東京の現在の姿をリアルに体感するとともに、江戸時代の旧跡にも触れることができ、大変に意義深いウォークとなりました。
(運営委員会)
1月22日(土) てくてく冬の立川まち歩き 距離約8km(月16日(日)
今日は立川駅~諏訪神社~立川駅・昼食~昭和記念公園ゆめひろば~立川市役所~
サンサンロード・グリーンスプリングス~ファーレ立川アート~立川駅でした。
立川駅に参加者7人集合。集合時間を勘違いした人がいたため出発が10時15分くらいになってしまいました。
最初は諏訪神社へ向かいました。
約1200年の歴史を持ち、木々に囲まれ厳かな雰囲気のある神社です。花嫁・袴衣装で写真を撮っているカップルがいました。
市内を四角形になるように散策し駅へ戻ります。駅を南から北へ向かう地下道の壁面には絵が描かれていて、明るい感じがしました。
寒いので駅近くのファミレスで早めの昼食。
昼食後、外へ出たとたん、朝は晴れていた空も雲に覆われ一瞬雪もちらつく中、昭和記念公園へ向かいます。歩いたところは無料の昭和記念公園ゆめひろば。ここで以前何度か訪れた昭和記念公園は有料の場所。今回は、以前とはまったく違う場所を歩いたため、昭和記念公園はなんと途轍もなく広い公園であることがわかりました。
その後、広い分離帯のある直線道路を進み、立川市役所へ。屋上が庭園として開放されています。天気の良い日の展望は素晴らしいようですが、本日は曇り空で残念でした。通路には2009年度の小学1年生1502名の手形を焼付けたタイルが配置されていました。冬枯れのため、事前に立川市役所の紹介動画で確認していた美しい庭園の光景とは違っていたのが残念でした。
その後、サンサンロード沿い複合施設グリーンスプリングスに向かいました。素敵なお店がたくさんあり、リッチな気分を味わいました。
この辺一帯は立川基地の跡地。昭和記念公園をはじめ、陸上自衛隊駐屯地、災害医療センター・科学館・資料館などが立ち並んでいる新しい街並みの中のウォーキングでしたが、暖かい時期に、新緑や花に囲まれて同じコースをウォークできればもっと良かったと思い、厳冬期のウォーキングはやはりコース設定が難しいと改めて感じました。(運営委員会)
2月16日(日)多摩市大栗川遊歩道を歩くコース(ゆっくりコース) 約5㎞
冬の冷たい空気を感じながら、多摩市大栗川遊歩道をあるくウォーキングが開催されました。今回のコースは「ゆっくりコース」として、約5kmの道のりをのんびりと歩きました。
集合場所は京王線・聖蹟桜ヶ丘駅の西改札口。集まったのは5名の参加者でした。まず最初に向かったのは、駅前オーパ7階にある関戸公民館の展望広場。ここからは多摩市の街並みが一望でき、この日は遠くに雪化粧をまとった富士山がくっきりと姿を見せていました。展望広場にはテーブルが多数設置されており、市民が談笑する憩いの場にもなっています。
そこから「さくら通り」を進み、大栗川霞が関橋の右岸(上流方向)の遊歩道へ。遊歩道は高水敷に整備されており、橋の下をくぐるように設計されているため、道が途切れることなく歩きやすいのが特徴です。
川面ではダイサギが静かに獲物を狙っていました。首を前後に振りながら、慎重に歩を進めるその姿は、まるで忍者の忍び足のよう。大栗川にはコイやオイカワ、ブラックバスなど多くの魚が生息していると言われていますが、私たちの目には見えなくても、コサギにはしっかりと魚の姿が映っているのでしょう。カルガモもゆったりと泳ぎ、首を水中に突っ込んで藻をついばんでいました。
土手沿いの樹木にはジョウビタキがとまり、近くを歩いていたご夫婦が指さして教えてくれました。さらに、川面すれすれをハクセキレイの群れが軽やかに飛んでいく姿も見られました。
遊歩道では犬の散歩やランニングを楽しむ人たちの姿も多く見受けられました。中には人懐っこい犬もいて、しっぽを振りながら参加者にじゃれてくる姿にほっこり。自然と飼い主の方とも会話が弾みました。
神道橋で左岸の土手に上がり、橋を渡って右岸の遊歩道へ。宝蔵橋をくぐりながら進むと、「並木公園」に到着しました。この公園はユニークな遊具が豊富に揃い、広々とした芝生が広がる憩いの場。周囲は樹木に囲まれていますが、中央には開放感のある空間があり、家族連れがシートを広げて食事を楽しんでいました。バドミントンをする親子の姿も見られ、公園の穏やかな雰囲気が心地よかったです。
公園の奥には真っ赤に咲き誇る一本の紅梅が。冬の寒さの中でも春の訪れを感じさせる鮮やかな色合いに、思わず足を止めました。
聖蹟桜ヶ丘駅のデパートのグルメ階で、昼食をとりなが会話しました。
(運営委員会)
2月8日(土)夢の島から豊洲へ 約7㎞)
新木場駅→夢の島公園→辰巳の森海浜公園→えこっくる江東→豊洲ガスの科学館→豊洲駅 希望者は豊洲市場へ
▼2025年2月8日(土)「 夢の島から豊洲へ 約7㎞」のウォークが行なわれました。新木場駅に5名が集合(当初参加を予定していた7名のうち、2名が体調不良により不参加)。当日は、気温はかなり低く風も強かったですが、朝から晴天が続き、太陽の恵みを得ることができたため、まずまずのコンディションとなりました。
▼最初に夢の島公園を訪問。ここは、ゴミの最終処分場であった東京港埋立地夢の島 を整備して作られた東京都立のスポーツ公園ですが、かつてゴミの最終処分場があったとは到底思えないほど、きれいに整備されていました。ここでは「夢の島熱帯植物館」、「第五福竜丸展示館」を訪れました。日本の遠洋マグロ漁船であった第五福竜丸が1954年(昭和29年)3月1日、アメリカ軍のビキニ環礁における水爆実験による放射性降下物で被曝(被爆)する事件が起き、無線長の久保山愛吉氏が後に死亡しましたが、「第五福竜丸展示館」は、原水爆による惨事が再び起こらないようにという願いをこめて建設されたものです。この展示館では、第五福竜丸およびその付属品や関係資料が展示されていました。
▼この後、辰巳の森海浜公園を訪れ、「東京アクアティクスセンター」を見学。立派な建物の中にメインプール、サブプールなどがあり、メインプールでは水泳大会が開催されていたようで、多くの子ども達や保護者の方で混雑していました。子ども達の姿を見て、「水泳ニッポン」の復活をひそかに期待しました。えこっくる江東(環境学習情報館)に立ち寄った後、お昼時が近づいたため、昼食場所を求めて移動。適当なお店を見つけるのに苦労しましたが、豊洲の大型ホームセンターの中のファミレスでようやく昼食をとることができました。
▼最後に、豊洲公園内の「がすてなーに ガスの科学館」を訪問。こちらは、暮らしを支えるエネルギーの特長や、これからの暮らし・社会、SDGsや地球温暖化などの社会課題について、体験しながら考え、楽しみながら学ぶことができる東京ガスの施設で、明治時代から現在までの珍しいガス器具の展示や、ガスの性質を理解するための体験コーナーなどがあり、子ども達が喜びそうな施設だと思いました。あまり時間がなかったため、十分に見学することができなかったのが少し心残りでした。
▼この後、豊洲駅前で解散しましたが、今回は江東区の様々な公園や施設を訪れて、江東区の歴史や、発展を続けるダイナミックな姿を見ることができて、大変に有意義なウォークとなりました。また、お天気も当初心配していたよりも穏やかな日和となったため、歩きやすくて良かったです。(運営委員会)
1月25日(土)
野火止用水でリフレッシュウォーク 距離 約6km(昼食準備)
西武拝島線・東大和市駅→野火止緑地→清原南公園→上仲原公園→仲原緑地→ハミングホール→東京都薬用植物園→西武拝島線・東大和市駅
1月25日(土)「野火止用水でリフレッシュウォーク」を行いました
青々とした水草が揺れる美しい水路、そしてキラキラと輝く透き通った清流。その景色に参加者一同感動しました。自然の美しさに触れることで、心も体もリフレッシュできた一日でした。
今回はお試し参加者1名を含む計7名が参加しました。集合場所の西武拝島線「東大和市駅」では、寒風が容赦なく吹きつける中、早く到着した方々は肩をすぼめながら集合を待っていました。
野火止緑地に入ると、用水路にはカワニナの養殖も行われている清流がキラキラと流れています。途中、「野火止用水 清流の復活の碑」に立ち寄りました。戦後の高度成長期、住宅地の進出により生活排水で「どぶ川」となってしまった「野火止用水」。
しかし、「野火止用水を滅ぼさないで」という地域住民の声により、昭島市の「多摩川上流水再生センター」から清流を送り込む取り組みが行われ、現在の美しい姿を取り戻しました。この歴史を知り、地域の人々の努力に感謝する気持ちになりました。
さらに「野火止緑地」の中を進むと、雑木林が現れ、一層雰囲気が増してきます。その後に訪れた仲原緑地では、「きつねの嫁どり」というモニュメントにも遭遇。昔話が元になっているようで、どこか不思議な雰囲気を感じました。
また、東大和市駅南口の広場にある「青梅橋跡」(市指定史跡)も訪れました。「野火止用水」が暗渠化される前に架かっていた橋が青梅橋です。当時の景色に思いを馳せながら、歴史の重みを感じました。
最後は「東京都薬用植物園」に足を運びました。ガラス張りの温室では花が咲いていましたが、おもての植栽地は、1月という季節柄、咲いている花は少なかったものの、ロウバイの植栽群が鮮やかに咲き誇り、色彩を放っていました。
終了後、近くのCaféで、寒さで冷えた身体を癒し解散しました。
とても寒い一日ではありましたが、自然と歴史を満喫し、最後は心がほっとするような素敵なウォークとなりました。(運営委員会)
1月19日(日)多摩川バードウォッチングコース 約5㎞(昼食なし)
【多摩川バードウォッチングコース】
▼⽇程: 2025 年 1 ⽉ 19 ⽇(⽇)距離: 約 5 ㎞(昼⾷なし)
▼今回は試しに「ゆっくり歩く半⽇コース」として、多摩川の右岸を散策しながら、河川の⾵情や野⿃の⾶ぶ姿を楽しむ⾏事でした。参加者は京王線・聖蹟桜ヶ丘駅・東改札⼝に集合し、⼤栗川の合流点にある「⿃⾒台」を⽬指しました。
▼コースは、京王線・聖蹟桜ヶ丘駅・東改札⼝ → 多摩川⼟⼿遊歩道→ 多摩市⽴交通公園 → ⿃⾒台(野⿃観察⼩屋) → (折り返し)→ 多摩川⼟⼿ → →関戸公園→若鮎川の遊歩道 →大河原公園→聖蹟桜ヶ丘駅⻄⼝です。
参加者は 7 名(内、会員の友⼈のスポット参加者が 1 ⼈)
▼少し狭い市道を歩き、多摩川土手遊歩道にのぼり歩きました。関⼾橋の下流側の架け替え⼯事がされており、いつも歩く河川内遊歩道ではなく、川の流れに寄り添った道に遊歩道が誘導されていました。気温は 9 度と低く薄曇りの空でしたが、川⾵もあまり吹かず寒さはやわらいでおり、ウォーキングには適していました。
▼野⿃の群れの波状⾶⾏が⾒れました。⼀⻫に空に弧を描き、ときに⽔⾯に近づき、ときに⾼く舞い上がり、その動きは⼀瞬の迷いもないように⾒えました。動きが素早く、スマホのカメラでは撮影不可能でした。
▼「多摩川の雄⼤な対岸の⾵景が⼀望できてすごかった」「気持ちよくウォーキングできた」などの感想が出ました。
「河⼝から 34 ㎞」の距離表⽰に「河⼝とはどこ?」という話に盛り上がりました。ウォーキング後、京浜河川事務所多摩川:⽥園調布出張所に聞いてみると、「右岸は東京モノレールが脇を⾛り、対岸に多摩運河の⼊り⼝があるところが多摩川河⼝・〚河⼝ 0 ㎞地点〛です」と教えてもらいました。ちなみに左岸の⽅は⽻⽥空港近くの河⼝になるとのことでした。
▼終了後、11 時 30 頃にイタリアンファミリーレストランに⼊りました。昼⾷前のため席もすぐに取れて、楽しいおしゃべりができました。短距離でしたが、多摩川の⾃然に触れて気持ちのよいウォーキングでした。運営委員として、今後、このような「ゆっくり歩く⾏事」を混ぜていくのも良いかなと感じました。
運営委員会
■2025年1月11日(土)「旧東海道を楽しみながら東海七福神巡り
2025年1月11日(土)、「東海七福神巡り」が行われ、京浜急行新馬場駅に5人が集合しました。
七福神巡りは江戸時代、文化文政(1804~30年)のころから各地で盛んになりました。当時の人々は、元旦から七草までに詣でれば、その年は七難を免れ七福を得られると信じ、近くの七福神を巡りました。当クラブは結成以来毎年、松の内が明けたあとの土日に行なってきました。
今回は、1932年、品川が大東京市に編入された記念に、東海七福神初詣として定められた「東海七福神」を巡りました。
この日は「この冬一番の寒さ」と予報されていましたが、風も無く晴天から冬日が降り注ぐ、暖かい日よりでした。参加者からは「いい天気でよかったねえ」という声が漏れていました。
富士塚のある品川神社からスタート! 大黒天を祀る神社。正面の階段は53段ありましたが、28段目に踊り場が設けられており、脚力が無い会員もなんなく登れました。帰りは「ドット滑り止め」のある車道の下り坂を歩けたので楽でした。
次に向かったのは、北馬場参道通りを歩いて養願寺です。布袋尊が祀られています。
品川神社から歩いて6分で到着しました。道沿いに朱色地に白で「東海七福神」と描かれたのぼり旗が経っており、新年の雰囲気を醸し出していました。
養願寺を振り返って正面に見える趣のある庭が素敵な一心寺へ。寿老人が祀られていました。
旧東海道の町並みを楽しみながら、荏原神社へ。目黒川に架かる赤い橋が見えてきました。この橋の左岸側に神社がありました。商売繁盛の神様・恵比須神を祀っています。
さらに旧東海道を南下すること約5分。青物横丁にたどり着きました。この辺りには江戸時代に青物市場があり、青物横丁と呼ばれていたことから、その名称が残っているそうです。
青物横丁の交差点からすぐ近くにある品川区最古のお寺・品川寺(ほんせんじ)に到着しました。毘沙門天が祀られています。
残る七福神は2カ所。どんどん南に向かって歩いていきました。天祖・諏訪神社に到着です。福禄寿が祀られています。天祖・諏訪神社は1965年、天祖神社と諏訪神社が合祀してできました。天祖神社の創建は1100~1190年頃、諏訪神社は江戸時代初期の1631年以前の創建と伝えられています。
最終目的地・弁天島のある磐井神社へ。弁財天を祀る神社です。弁財天は音楽や芸術の神様としても知られています。磐井神社は、平安時代後期編纂の「延喜式」にも記載されている古社です。境内の左手の池には弁天島があり、ここに琵琶を持つ弁財天が祀られていました。
磐井神社に隣接した「ファミレスの枠を超えた上質なダイニング」と評されるファミリーレストランがありました。ウォーキング後、ここでいつもよりちょっとだけ優雅な? 昼食を堪能しながらおしゃべりをしました。
今年の東海七福神巡りは、旧東海道商店街の親しみやすさも重なりゆったりとした雰囲気ながらも、古い家屋が残っていたり、江戸時代の鈴ヶ森刑場の史跡があったりと、歴史を感じるウォーキングでもありました。(運営委員会)
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