「日本銀行貨幣博物館」に着きました。黄金色の館名表示板が目立ちます。
小津本館ビルの館名表示板 - 小津和紙(和紙専門店)- 小津史料館(和紙文化の展示)- 小津ギャラリー、小津文化教室などがあります。
「楮」(こうぞ)の黒皮と白皮と、「三椏」(みつまた)です。
「伊場仙」創業400年以上の団扇と扇子の老舗です。ウインドウに飾られた団扇や扇子を眺めました。
名物「すき焼きコロッケ」や黒毛和牛を使った高品質な惣菜が美味しいと、行列ができるほどの人気とのこと。
温かい蒸しまんを紹介するサイネージが店先に設置されています。
清州橋です。 隅田川で最も優美と称される“女性的”デザイン
関東大震災の復興事業として建設(1928年竣工)。このため橋の主要構造はリベットで結合。
橋の中央付近から上流方向を見るとスカイツリーがよく見える構図になります。
下流方向を望むと、隅田川らしい都市景観の魅力が凝縮され、水面の輝きと空の広がりが開放感を強調してくれます。
清州橋の照明器具。昭和3年~60年代まで、吊材に設置されていました。
冬季には渡り鳥として多くのカモ類が飛来し、庭園の池で羽を休める姿が見られます。
清澄庭園の「御舟石(ごしゅうせき)。池泉回遊式庭園において、舟を象徴する石は「水辺の風情」や「旅の情緒」を表現するために用いられます。
第一番目は、大宗寺の布袋堂 布袋尊が祀られている。家庭円満、商売繁盛、福徳円満などを願う。
新宿・太宗寺(たいそうじ)に安置されている「銅造地蔵菩薩坐像」江戸六地蔵の一つ
太宗寺境内にある「稲荷社(いなりしゃ)」、狐像が左右に。 五穀豊穣・商売繁盛の神。
「稲荷鬼王神社」(恵比寿神)の境内です。しめ縄と紙垂(しで) 赤や白の幔幕・飾り紙、木造で唐破風の屋根が特徴です。
「 稲荷鬼王神社」の社殿上部に掲げられている扁額。
鳥居の上には「恵比寿宝船」が安置。ご神歌「うみやまの 數のたからを大久保の 恵比寿おおかみ まもりたまえや」を心の中で唱えてと。
㈳新宿観光振興協会による「ご当地雑煮(おうちのお雑煮)写真の展示」掲示板が4基設置、80点の写真。
抜弁天通りをあるいてくると「厳島神社」の案内立て看板がありました。
「永福寺」(福禄寿)の境内に入りました。イヌマキ(犬槇)の大きな樹がありました。
「永福寺」(福禄寿)の「銅造大日如来坐像」と「銅造地蔵菩薩半跏像」の説明板です。
規模は小さかったですが、池の水がきれいに澄んでいて…
大きな鯉が3匹泳いでいる姿が印象に残りました。「水澄むや 葉陰に潜む 錦鯉」
「大黒天」を祀る「大乗山経王寺(だいじょうざん きょうおうじ)」に着きました。
経王寺の大黒天像の説明板です。度重なる火災にも焼け残ったことから「火伏せ大黒」としても崇敬されていると記されています。
大乗山 経王寺の境内にある 「文化堂」ですが、七福神として祀られているのは「大黒天」です。
神楽坂通にある七つ目の七福神、「善國寺」(毘沙門天)につきました。
山門には『善國寺』『毘沙門天』と記された提灯が交互に掲げられ、参拝者を迎えています。
「開運大毘沙門天」の幟が、新年の寒風にはためいています。
橋上からはJR中央線と総武線の4本の線路を見降ろせました。
「読書の森公園」エリアには、マハトマ・ガンジーの像
西郊ロッヂングの横を通過、看板には「割烹旅館西郊(セイコウ)」と記載。
ようやく檜(ひのき)の門が見えてきました。旧邸宅の正門としての役割を果たしています。
公園にいる野鳥 ヒヨドリ、メジロ、オナガ、シジュウカラl、キジバト、ムクドリの図説です。
3月上旬に目を出す「ムサシアブミ」の銘鈑がり、その横に黄色い花のツワブキが立っていました。
白い花が小ぶりで数多く咲いていおり、葉は濃い緑で光沢があり、やや細長いです。ヤブツバキですね。
バラ科サクラ族の「与謝野 晶子」 Cerasus’Yosano Akiko’
切り株風の歌碑が14基 最初の一つ 「韓山に、秋かぜ立つや、太刀なでて、われ思ふこと、無きにしもあらず」 鉄幹 『東西南北』(明治29年)
やは肌のあつき血汐にふれも見で さびしからずや 道を説く君 晶子 『みだれ髪』(明治34年)
あめつちに一人の才とおもひしは 浅かりけるよ 君に逢はぬ時 鉄幹 『紫』(明治34年)
子らの衣 皆新らしく美しき皐月一日 花あやめ咲く 晶子 『佐保姫』(明治42年)
善福寺川の「忍川上橋」を渡り、西荻南口仲通りを歩き、ゴールの荻窪駅南口へと向かいました。